地代・家賃増減額

賃料増減額訴訟における増減額幅の実態(判例を中心に)

第1 賃料増減額請求の制度目的

 1 賃料増減額請求(借地借家法11条1項本文及び32条1項本文)は,賃料(本稿では,地代と家賃の双方をいいます。)が不相当になった場合に,相当な賃料に変更する権利を賃貸借契約の当事者に認めたものです。

 2 どのような場合に不相当といえるかというと,上記借地借家法11条1項本文及び32条1項本文は,
①その他の負担の増減
②土地又は建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動
③近傍同種の建物の借賃(賃料)に比較して不相当
という3つの考慮要素を挙げています。もっとも,これら3つの事情はあくまでも例示に過ぎませんので,最終的には様々な事情を総合考慮した上で,相当な賃料を決めることになります(上記要件の具体的な説明は,賃料増減請求の要件(2018.06.25)をご参照ください。)。

 3 要するに,様々な事情の変動により現行の賃料に当事者を拘束することが公平に反するといえる場合には増減額請求を認め,公平を実現することが賃料増減請求の制度目的です。

第2 裁判例における増額幅の実情

 1 では,裁判例では具体的にどのような場合に,大幅な増額請求を認めてきたのでしょうか。

  ⑴ 東京高判平成20年4月30日
   ア この事案では,商業ビルの1フロアの建物賃貸借契約について,賃貸借契約を締結した時点から,借地借家法32条1項が規定する経済事情は,いずれも賃料を増額する方向に変動していませんでした。しかし,賃貸借契約締結当時,賃貸人が賃借人の事情を配慮してほかのテナントの賃料よりも低額の賃料とし,賃貸人が3年後に賃料の増額を要請していたことを考慮して,従前の賃料月額58万3800円から月額89万2000円(約53%増)という大幅な増額を認めました。
   イ この裁判例では,①契約締結時に特別に低額な賃料としたこと,②その3年後に増額を要請したことが大幅な増額の決め手となりました。

  ⑵ 東京地判平成6年2月7日
   ア 賃貸借契約当事者間に特殊な事情があり(顧問税理士と顧客),長期間賃料が改定されずに据え置かれていた事案で,当該特殊事情が解消したことから増額請求がなされました。
     裁判所は,正常賃料額月額53万6530円と実際支払賃料月額30万円との差額が大きいのは,上記特殊事情が原因であると認定した上で,正常賃料と実際支払賃料の差額の8割を賃借人が負担すべきとし,月額48万9224円(約63%増)という大幅な減額を認めました。
   イ この裁判例でも,通常の賃貸借契約ではみられない特殊事情の存在が大幅な増額の決め手となったといえます。

  ⑶ 東京地判平成29年10月11日
   ア 住居用建物の賃貸借契約について,被告の経営する料理店に客として訪れていた当該建物の所有者が,経済的余裕のない被告に配慮し,低廉な賃料で当該建物を貸し渡したものの,特約により後に増額されることが想定されていたとして,賃料月額10万円から月額13万9000円(39%増)の増額を認めました。
     裁判所が行った鑑定では,差額分配方式,利回り法及びスライド法の3手法(これらの手法については,賃料増減請求における「相当な賃料」とは(2018.08.27)をご参照ください。)をもって実質賃料の試算を行い,利回り法及びスライド法の試算を重視し,月額13万9000円が相当な賃料であると判断しました。
   イ この裁判例でも,被告と建物所有者との間の個人的な関係に基づき,被告の経済状況も踏まえて低廉な賃料が設定されたという特殊事情の存在が大幅な増額の決め手となっています。

2 他方,大幅な増額が認められなかった裁判例をみてみましょう。

  ⑴ 東京地判平成29年4月19日
    商業用建物の賃貸借契約について,月額賃料30万8571円から月額35万6670円(約15%増)の増額を認めました。
    裁判所は,差額分配法による試算結果を採用した鑑定に不合理な点はないとして,鑑定結果に基づき月額35万6670円が相当な賃料であると認定しました。

  ⑵ 東京地判昭和55年2月13日
    家賃増額請求事件につき,正常実質賃料が約定賃料の14倍強と認定される場合につき従来の賃貸関係等を考慮し,約定賃料の8倍の限度で増額を認めました。
    少し古い事案ですが,裁判所は,被告が老齢で資力がないことから正常賃料が約定賃料の14倍強であるにもかかわらず,これを認めると被告に酷であるから,約定賃料の8倍の限度の増額にとどめるという判断をしました。

 3 以上からわかるとおり,契約当初に低廉な額を定める原因となった特殊事情が存在し,それが解消すれば,大幅な増額が認められる可能性が高いといえます。もっとも,勿論,特殊事情が存在しなければ大幅な増額が認められないというわけではありません。
   他方,裁判所は,賃借人の資力の限界にも配慮しており,なかなか賃貸人に有利な大幅な増額を認めないともいえます。

第3 裁判例における減額幅の実情

 1 次に,減額を認めた裁判例をご紹介します。

  ⑴ 東京地判平成17年3月25日
    オフィスビルの賃借人である原告が,賃貸人である被告に対し,賃料減額請求をした結果,従前賃料月額8259万4900円から7367万2472円(約11%減)に減額することを認めました。
    理由としては,本件対象建物の平成14年当時の賃料額が,平成12年ころと比較して,近隣の不動産価格やオフィスビル賃料額の下落等の事情により,不当に高いものになったとしています。
    具体的には,本件対象建物が存する地域における竣工5年以上の大規模ビルの新規賃料は,平成12年時点から平成14年時点では11.28%の下落となっていること,平均募集賃料は,4.59%の下落となっていること,地価公示価格は,平成12年時点から平成14年時点では6.9%の下落となっていること等を考慮しています。

  ⑵ 東京地判平成8年7月16日
    東京都区内の木造店舗の賃貸借契約について,実質賃料月額101万6600円から月額73万円(約28%減)に減額することを認めました。
    その理由として,鑑定結果によれば,本件賃貸借契約の平成7年1月28日時点における正常実質支払賃料は月額63万2000円,本件店舗が所在する地区における貸しビルの賃料は,平成6年には平成3年のピーク時の約60%の水準になっていること等を挙げています。

 2 以上からわかるとおり,裁判所は,経済事情に相当大きな変動が認められれば,減額を認めています。

第4 賃貸人としての合理的な対応

   上記の通り,裁判所は一般的に弱い立場である賃借人に配慮することもあり,大幅な増額を一筋縄では認めません。したがって,大幅な増額を見込めない場合には,賃借人に対し,不動産の明渡しを検討することも有効です。

第5 おわりに

   賃料増減額請求をする場合には,当事者間の具体的な事情を総合的に考慮し上記要件を検討しなければならず,場合によっては明渡しを求めた方がよい事案もあるので,法律的な知識や経験が不可欠です。
   ですので,賃料の改定についてお悩みの方は,まずは不動産案件に強い弁護士が多数在籍する朝日中央綜合法律事務所にご相談ください。当事務は,東京,横浜,大阪,名古屋,福岡及び札幌に拠点がありますので,法律相談の際にはお近くの事務所にお立ち寄りください。

以上

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