地代・家賃増減額
賃料増減額に関する当事者の合意の拘束力
第1 はじめに
一般的に,賃料の額は,賃貸人と賃借人との間で締結される賃貸借契約書によって確定されます。しかし,賃貸借契約書で定めた賃料に関して,当事者の事情や経済情勢の変化により,当事者の一方が賃料の増減を希望する場合があります。そのような場合には,もう一方の当事者が不利益を被ることになりますので,当事者の利害が対立します。
そこで,上記のような将来の利害対立を見越して,賃貸借契約締結時に,当事者同士で賃料に関して何らかの合意をしておくことがあります。
そのような当事者の合意として,不増減特約や自動改定特約というものがありますので,本稿では,こちらを説明いたします。
第2 不増減特約
まず,賃料に関する当事者の合意としては,当初の賃料を増減額しないという「不増額特約」,「不減額特約」がありますが,両者の位置付けは少し異なっています。
1 不増額特約
不増額特約に関しては,借地借家法(11条1項但書及び32条1項但書)に規定があります。その規定内容は,当事者の間で一定期間賃料を増額しない合意がある場合には,その合意に従うというものです。例えば,賃料を5年間据え置くという特約(合意と同義だと考えていいただいて構いません。)が存在する場合には,従前の賃料を不相当とする事情があったとしても,その期間内は賃料増額請求は認められないことになります。
もっとも,不増額特約の期間がかなり長期にわたるもので,他方その間に経済的事情が激変した場合には,その激変が特約当時の当事者の予測を大きく超え,その特約の拘束力をそのまま認めることが著しく公平に反する認められるときに限り,不増額特約があったとしても「事情変更の原則」により増額請求ができるとした裁判例(横浜地判昭和39年11月28日)があります。
したがって,不増額特約が常識の範囲内であれば,当事者はその合意に拘束されることになりますが,あまりにも常識とかけ離れた合意内容である場合には,当事者は合意に拘束されないことになります。
2 不減額特約
他方,不減額特約については,明文に規定はありませんが,判例(最判昭和31年5月15日)において無効とされています。
すなわち,例えば,5年間賃料を据え置くという合意をしたとしても,借主は,賃料の減額を請求できることになります。
不増額特約が有効である反面,不減額特約が無効だとされている理由は,借地借家法の理念が借主の保護にあるからです。
もっとも,相当な賃料を決めるにあたって「諸般の事情」として,不減額特約があることが考慮されることはありますので,不減額特約を結ぶことが全く無意味であるということではありません。
第3 自動改定特約
次に,賃料に関する当事者の合意として,自動改定特約というものがあります。自動改定特約とは,賃料の将来の増減額について,金額やパーセンテージなど,一定の期間毎に一定の割合による増減額をあらかじめ合意しておくものです。
1 自動改定特約の種類
裁判例で有効とされた自動改定特約としては,
① 特定の鑑定業者の鑑定結果に従って賃料を改定する旨の特約
② 土地の路線価に変動があった場合には,その増減率に従って賃料を増減する旨の特約
③ 固定資産税評価額の一定割合に相当する金額を賃料とする旨の特約
④ 固定資産税・都市計画税の変動があった場合には,その増減率に従って賃料を増減する旨の特約
⑤ 一定期間経過後に一定割合の賃料の増額をする旨の特約(裁判例では,3年毎に10%の割合で増額する旨の特約が有効とされています。)
などがあります。
2 自動改定特約の有効性
上記のような裁判例で審理の対象とされた自動改定特約は,概ね,改定額の決定の基準に客観性があるか,そして,決定の基準と賃料増減の関係に合理性があるかという観点から,その有効性が判断されています。
もっとも,不増減特約と同様に,自動改定特約に合理性があり有効であったとしても,「事情の変更」により,その特約の基礎となる事情が失われれば,自動改定特約の適用は否定されます。すなわち,あまりにも常識とかけ離れた合意内容である場合には,当事者は合意に拘束されないという考え方は,自動改定特約でも通用することになります。
3 自動改定特約が存在する意義
上記のとおり,常識とかけ離れてしまった自動改定特約は無効になり得ますが,その存在意義が全く無意味となるということではありません。
自動改定特約がなければ,賃料増減請求を行う側に,相当賃料の立証責任がありますが,自動改定特約があれば,その特約を適用した賃料増減額を否定する側に,その立証責任が転換されることになります。
また,裁判で不動産鑑定が行われた場合,鑑定結果と自動改定特約の乖離程度が考察された上で,乖離の程度が著しくなければ,当事者の合意を尊重して,特約通りに増減額された賃料が相当賃料とされる場合があります。
第4 おわりに
以上のとおり,賃料増減額に関する当事者の合意としては,不増額特約,不減額特約,自動改定特約などの種類があり,これらの位置づけや効果は微妙に異なっていて一般の方が正確に理解をすることは困難です。また,個々の事件では,これらの特約以外にも当事者の事情や経済情勢の変化など様々な事情を考慮しなければなりません。
法律の専門家である弁護士に依頼をすれば,特約の法的性質を正確に捉えた上で,有利な事情に基づき相手方との交渉を進めることができるため,最大限に有利な結果を出すことができるというメリットがあります。
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