相続紛争解決の急所

相続紛争の予防と解決マニュアル

第2

相続紛争の予防と解決の急所

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2

相続紛争解決の急所

(1)

相続紛争長期化の原因

相続紛争は、 長期化することが多いと言われています。 後述するように、 調停、 審判、 訴訟の各手続の進め方次第では、必ずしも長期化するとは言えませんが、 一般に長期化 するケースが多いのは、 次のような理由によると解されます。
(イ)
親族間の感情的対立
相続紛争の殆どは、 親族間の紛争です。 相続問題が起こるまでは一見円満な関係であっても、 その裏には無意識にフラストレーションが存在していることがありま す。 このフラストレーションが相続をきっかけとして一気に爆発し、 深刻かつ永続 的な感情的対立となってしまうというのはよく見られる例です。
また、 長男や長男の妻が被相続人の生前、 大変な苦労を強いられたのに、 次男や 三男が長男と同等の法定相続分を主張してきた場合に、 自分達の苦労が相続分に反 映されないことにより、 大きなフラストレーションが溜まる場合もあります。
このように、 親族間の感情的対立が一定のレベルを超えますと、 合理的判断がで きなくなり、 自己の要求を貫徹することに固執し、 法の定める基準による合理的な 解決を拒絶するという態度となります。
このようになると、 審判ないし判決を出してもらい、 それにもとづく強制執行を するか、 あるいは解決を諦めるか、 いずれかしかなくなってしまいます。
相続紛争は、 常にこのような側面を有しており、 解決への方針や手順を間違えま すと、 上記のような最悪の結果となってしまいます。
(ロ)
遺産の全容把握の困難性
相続紛争の中で大きなウエイトを占める遺産分割紛争においては、 遺産分割協議の前提として遺産の全容を明らかにすることが要請されます。 ところが、 被相続人 が生前、 内容を相続人に教えていなかったり、 時には被相続人が自己の財産の内容 を把握していないという場合があります。
このような場合、 相続人としては、 遺産分割協議を始めるにあたってまず、 遺産 の内容を調査しなければなりません。 銀行や証券会社に問合わせたり、 被相続人の 残した日記やノートを調べたり、 その調査は容易ではありません。 仮りに相続人の 一人がその調査をひととおり行って遺産の内容を他の相続人に開示したとしても、それで全部であるとは仲々信用されなかったりします。 中には中途半端な開示をし たためにかえって他の相続人から、 遺産の一部を隠しているとかとり込んでいるな どと非難されるという場合もあります。 これをきっかけにして相続人間において疑 念と怒りが渦巻き、 遺産分割の実質的な話合いに入れないということにもなりかね ません。
以上のように、 遺産の調査や開示をめぐって相続人間に深刻な対立が生ずるとい う例は非常に多いといえます。
これは、 結局のところ、 遺産の全容の調査が困難であることに起因しているので あって、 これが相続紛争長期化の大きな原因となっていることは否定できません。
(ハ)
裁判システムの不備
相続をめぐる紛争のうち、 遺産分割や寄与分に関する紛争は家庭裁判所の管轄であり、 調停、 審判という手続となります。 しかし、 この調停や審判は、 紛争解決シ ステムとしては通常の訴訟に比べて不十分な面があります。
(a)
調停
調停では、 調停委員又は家事審判官 (裁判官) が話合いの斡旋をしてくれますが、 調停の本質は、 裁判所で行う任意の話合いです。 当事者の全員の合意がなけ れば、 調停は成立しませんし、 当事者の1名が調停への呼び出しに応じない場合 には、 原則として調停は成立しません。
このように、 調停はその制度の本質から来る一定の限界があります。
現実には、 調停期日を 20 回以上重ね、 話し合いの努力をし、 あと一歩のとこ ろで調停が成立しそうな時に、 相続人の一人が死亡し、 その人の相続人 (新たな 当事者) がどうしても当該調停案を受け容れないため、 結局、 調停が不成立に終 わったというケースもあります。 このケースでは、 実に調停に2年半を尽やし、 結果的にはその時間を無駄にしたということになります。
(b)
審判
審判は、 調停と異なり、 相続人の同意不同意に関係なく、 審判官 (裁判官) が下すもので、 この審判に対して当事者全員が不服申立をしなければ、 その審判が 確定し、 紛争が解決します。
しかしながら、 この審判が紛争の終局的解決にならない場合があります。 例え ば、 遺産分割の前提問題として、 ある不動産が遺産であるか否かについて、 相続 人間に争いがある場合に、 家庭裁判所がこれを遺産であると認定して遺産分割審 判を下したとします。 この場合、 当該不動産が遺産であるとした家庭裁判所の判 断には「既判力」がないため、 この点を争おうとする当事者は、 別途これが自分の 固有財産であることの確認を求める通常訴訟を起こして、 先の審判の一部を結果 的に覆すことができます。
このように家庭裁判所の審判も紛争の終局的解決とならない場合があり、 その 意味では紛争解決システムとして不十分な面があると言わざるを得ません。
(ニ)
判例、 実務の未成熟性
相続紛争に関する判例や実務の取扱いは、 まだ十分に固まっているとは言えません。
代襲相続人の特別受益、 代襲相続人の寄与分、 遺留分と寄与分の関係等々、 複雑困難な問題が数多く、 判例が少ない論点も多数残されています。 判例が少ない論点 について学説がいくつにも分かれ、 通説が確立していないという例は多数見られま す。 これらの判例、 実務の未成熟性が紛争の解決をより難しくしています。
(2)

話合いによる解決の急所

前述のとおり、 相続紛争は一旦こじれると解決までに時間がかかり、 結果として相続人全員に損失をもたらすこともあります。 したがって、 相続紛争は、 可能な限り話合い によって早期に解決することが期待されます。 話合いにより相続紛争を解決する際のポ イントは次のとおりです。
(イ)
遺産の範囲の確定
相続紛争の主要な部分を占める遺産分割においては、 前記のとおり、 前提として遺産の範囲を確定する必要があります。 話合いの局面における遺産の範囲の確定と は、 「遺産の範囲についての全相続人の認識を一致させること」 です。
遺産の範囲についての相続人の認識を一致させるには、 遺産分割協議のイニシア チブをとる相続人が可能な限り早期に遺産の調査を開始し、 遺産を不動産、 預貯金、 有価証券、 動産、 債務等に分類、 整理し、 一覧表を作成し、 それを早期に全相続人 に開示することが肝要です。 遺産の全体が相続税が課税される規模であれば、 相続税申告書を作成しなければなりませんので、 いずれにしろ、 この遺産目録の作成と 開示は、 必要不可欠の作業になります。
相続発生前から、 ある程度その準備を進めておくのがより望ましいことですが、 相続発生時からこの作業を開始しても、 通常は1~2か月あれば全相続人に開示す る遺産目録 (資料も添付する) を一応完成させることができます。
この遺産目録作成と開示の作業を正確かつ早期に進めることが話合いによる解決 のポイントとなります。 当然、 遺産目録の開示に対しては、 他の相続人からもっと 遺産があるはずだとか○○銀行○○支店に預金口座があったはずだ等という意見や、 自分でも調べてみるというリアクションが予想されますが、 それに対しては可能な 限り誠実に回答し、 その段階でできうる限りの調査をし、 完全にディスクローズし ていることを他の相続人に納得してもらうことが望まれます。 この納得してもらう までに要する時間を考えますと、 遺産の調査の開始は、 早ければ早いほどいいとい うことになります。
(ロ)
遺産の評価額の確定
遺産分割は、 総遺産を相続分に応じて分割するものですから、 各相続人が分割によって得た遺産を換価したときに、 その換価額が相続分と等しくなってはじめて各 相続人の公平が図られることになります。 このため、 個々の遺産の客観的価値 (時 価) をなるべく早く把握することが、 話し合いによる遺産分割をスムーズにすすめ るポイントとなります。
もっとも、 当事者間の合意による遺産分割協議においては、 遺産の評価額を明 らかにせずに分割することも可能です。 また、 遺産の客観的価値にこだわらずに、 主観的価値を考慮して遺産の評価を行うことも許されます。 しかし、 通常、 個々の 遺産の客観的価値に基づかずに共同相続人間で遺産分割の話し合いをスムーズにす すめることは困難です。 また、 仮に個々の遺産の客観的価値に基づかずに遺産分割 の話し合いをすすめられる場合であっても、 後日に紛争の余地を残さないためには、 分割協議の前提として遺産の客観的評価を明らかにしておくことが望ましいと言え ます。
評価額の確定が問題になる財産には、 (a)不動産、 (b)貸付金、 (c)非上場会社の 株式等があります。
(a)
不動産
不動産については、 一般に路線価を基準に相続人間で話し合って、 評価額についてコンセンサスを得られるように努力し、 どうしてもコンセンサスが得られな いときは、 不動産鑑定士に鑑定を依頼する必要があります。 ただし、 鑑定には費 用もかかりますので、 鑑定費用が無駄にならないようにするため、 前もって全相 続人から当該鑑定士の鑑定にしたがう旨の念書を取り、 そのうえで当該鑑定人に 正式に鑑定を依頼するという方法をとるのがより安全確実です。
尚、 念書の作成をしようとする場合、 どの鑑定士に鑑定を依頼するかについて 相続人間で意見が対立する場合があります。 このような場合は、 何らかの公平な ルールを取り決める必要があります。 例えば、 甲、 乙両鑑定士に鑑定意見書を作 成してもらい、 両方の意見価格平均値を当該不動産の評価額とする等のルールで す。
(b)
貸付金
貸付金については、 債務者に十分な資力がない場合や親族に対する貸付金について評価額が問題となります。 これらの場合、 結局のところ、 回収の見込みにつ いて相続人の認識が一致しなければ、 当該貸付金の評価額は確定しないというこ とになります。
(c)
非上場会社の株式
非上場会社の株式には市場価格がないため、 株式の評価額を算定することは仲々困難です。 非上場会社の株式の評価方法としては、 次のような算定基準があります。
1)
純資産評価方式
2)
収益還元方式
3)
配当還元方式
4)
類似業種比準方式

このうち、 どの方法をとるかはケースバイケースであり、 結局のところ、 会社の実態に応じて各方式を組み合わせて評価するのが一般的です。
(ハ)
相続税の算出、 申告、 納税
遺産の総額、 相続人数からみて相続税がかかる場合は、 相続開始時から 10 か月以内に相続税の申告、 納税をしなければなりません。 そして、 相続税法は相続税の 申告までに遺産分割協議が成立し、 相続人全員が連名で相続税申告をすることを建 前としています。
もし、 相続税申告時までに遺産分割協議が成立しない場合は、 各相続人がそれぞ れ独自に遺産未分割 (法定相続分による共有) のまま、 相続税申告をすることにな ります。 ただし、 この場合は、 次の相続税法上の恩典を受けることができません。
(a)
配偶者の特別控除制度
(b)
小規模宅地の評価減の制度
(c)
遺産の一部による物納

これは、 各相続人にとって重大なことです。
すなわち、 相続開始後 10 か月以内に遺産分割協議が成立しないと、 各相続人が 納付すべき相続税額が大幅に増えるという結果になります。 これは、 全ての相続人 にとって由々しきことであり、 逆に言えば、 納付税額を下げるには、 相続開始から 10 か月以内に遺産分割協議を成立させなければならないという意識が各相続人に働 くということになります。
したがって、 相続開始から 10 か月を経過する日 (相続税の法定納期限) までの 間は、 遺産分割協議を成立させるチャンスであると言うことができます。 ですから、 話合いによる遺産分割の局面では、 相続税額と納付時期、 納付方法について詳細に 説明し、 遺産分割協議成立によるメリットを数字で示すことが肝要です。
(ニ)
解決へのリーダーシップ
相続紛争を話合いによって解決するには、 話合いをリードする人 (リーダー) の存在が不可欠です。 例えば、 長男や被相続人の財産を事実上管理してきた相続人が 遺産の調査、 遺産目録の作成や開示を行い、 話合いのイニシアチブをとらなければ、 いつまでも実質的な協議はできません。
協議が一定の段階まで進めば、 リーダーは遺産分割案を作成し、 一部の相続人か ら不満が出た場合は直ちに修正案を作成する等、 緻密で機動的な作業が必要となります。
このような作業を単独で行うことは事実上不可能であり、 法律や税務の専門家の 力を借りることが必要になって来ます。
場合によっては、 話合いのリード役として弁護士を選任し、 自分の代理人として 直接他の相続人との協議を進めてもらうという方法を取るべきケースもあります。
(3)

裁判による解決の急所

(イ)
遺産の範囲の確定
遺産分割紛争を裁判によって解決しようとする場合は、 話合いによる解決の場合 以上に厳密な意味で、 遺産分割の前提として、 遺産の範囲の確定が必要となります。
前述のとおり、 遺産分割審判においては、 ある不動産が遺産であるとした判断に は「既判力」がありません。 したがって、 その審判が確定した後、 通常の民事訴訟の 判決によって、 当該不動産が遺産ではないことが明らかとなったときは、 その遺産 分割審判は、 その限度において効力を失います。 したがって、 実務上は、 調停や審 判手続の進行中であっても、 遺産の範囲についての争いが根深く複雑である場合は、 その問題について当事者に民事訴訟を提起させ、 その訴訟の結果が出るまでは、 遺 産分割をしない旨の審判 (遺産分割禁止の審判) をしておくという方法がとられて います。
また、 遺産分割の協議中、 遺産の範囲について争いがあり、 協議の進行が困難で あると予想される場合は、 遺産分割調停や審判の申立をせずに、 まずその争いのあ る点について、 民事訴訟を提起するという方法を選択することも有用です。 例えば、 当該財産が遺産であることの確認の訴えや当該財産の所有権が特定の相続人にある ことの確認の訴え等です。
このように、 最も重要な争点について民事訴訟で決着をつけるという方針をとっ た方がかえって解決が早いという場合がよくあります。 というのは、 民事訴訟では、 その争点に絞って審理がなされるうえ、 その民事訴訟手続の中でその争点以外に遺 産全体の分割も決めてしまうような訴訟上の和解がなされることもしばしばあるか らです。
(ロ)
遺産の評価の確定
(a)
個々の遺産の評価が明らかにならなければ、 審判官は、 適正、 公平な遺産分割審判を下すことができません。 また、 遺産分割審判事件においては、 相続分に応 じた分割がされていることを明らかにするため、 前提問題として、 遺産の客観的価値を認定することが不可欠であり、 これを怠った審判は違法となると解されて います (大阪高裁昭和 26 年 3 月 23 日決定)。
したがって、 個別の遺産の評価をいかに適正かつ公平に行うかが、 遺産分割紛 争解決のための重要なポイントとなります。
(b)
評価額について当事者間に争いがある場合、 土地については不動産鑑定士に、 非上場会社の株式等の価額や営業権については公認会計士に鑑定してもらうこと が原則です。
(c)
不動産の評価方法
不動産の鑑定手法としては、 不動産の再調達原価について減価修正を行って価 格を求める原価法、 多数の取引事例から事情補正及び時点修正をし、 かつ地域要 因の比較や個別的要因の比較を行って価格を求める比較法、 不動産が将来生み出 すであろうと期待される純収益の原価の総和を算出し、 還元利回りで還元して価 格を求める収益法の三方式があります。 この三方式を併用することによって、 不 動産の適正な価格を算定することが可能になります。
ところで、 不動産の評価の便法として、 固定資産税評価額、 相続税評価額、 地 価公示価格、 都道府県内地価調査価格に一定の倍率を乗じる方法によって、 土地 の時価を算定する方法もありますが、 必ずしも正確な評価であるとは言えません。 ただし、 当事者がこのような評価方法をとることについて合意している場合は、 このような便法によって評価することも差し支えありません。
(d)
株式の評価方法
1)
上場株式
上場株式は、 取引相場が明らかであり、 遺産分割時に最も近接した時点での 市場価格、 あるいは近接の一定期間の平均額によって算定します。
2)
非上場株式
非上場株式の場合は、 商法上の株式買取請求における価格の算定 (会社法 144条) における評価方式を参考にして評価するのが通例です。 すなわち、 a. 純資産評価方式、 b.収益還元方式、 c.配当還元方式、 d.類似業種比準方 式のいくつかを会社の実態に応じて組み合わせて評価します。
また、 当事者が合意すれば、 簡易な評価方法として、 いわゆる国税庁方式と いう手法を使う場合もあります。 これは、 当該相続人が同族株主以外の株主に なる場合は、 相続した株式を配当還元方式で評価し、 相続人が同族株主となる 場合は、 会社をその規模によって大中小と分け、 それに応じて定められた各評 価方法によるというものです (国税庁昭和39年4月25日付直資56直審(資)17 「財産評価基本通達」)。
(ハ)
争点の確定
相続紛争においては、 調停や審判の段階になっても各相続人のそれぞれの立場や言い分が激しくぶつかり合い、 ともすると、 相手方の言っていることが嘘であるか どうかについての水掛け論が続いたり、 お互いを誹謗中傷し合うというような事態 になることがあります。
当該事案において、 本来解決すべき遺産の範囲の問題や特別受益、 寄与分などの 本質的な争点とは全く関係のない事柄について、 一方の相続人から主張がなされて いる場合は、 その主張を取り上げるべきではありません。 審判官、 調停委員ないし 当該手続に関与する弁護士は、 常にその事案の本質的な争点を見失うことなく、 そ の争点の解決に集中しなければなりません。 特に相続紛争の解決をリードすべき当 事者の代理人となる弁護士は、 調停や審判手続に入る前に、 当該事案の本質的な争 点を見極め、 その争点の主張立証を迅速かつ集中的に行っていかなければ、 望まし い解決には至りません。 その意味で、 争点を見極め常にその争点に立ち帰って手続 を進めることは、 相続関連裁判の解決の重要なポイントであると言えます。
(ニ)
訴訟事項と審判事項の弁別
前述したとおり、 当該遺産分割紛争において、 遺産分割の前提問題、 例えばある当事者が相続人であるか否かとか、 ある不動産が遺産に含まれるかという問題があ る場合は、 その問題をまず民事訴訟で解決しなければその紛争全体の解決にならな いということになります。
したがって、 民事訴訟で解決しうる事項とそうでない事項を明確に区別し、 民事 訴訟で解決した方が紛争全体の早期解決に役立つと思われる場合は、 民事訴訟手続 を選択すべきです。
(ホ)
民事訴訟手続の活用
相続紛争において民事訴訟で解決しうる事項には、
(a)
ある相続人が相続人に該当するか否か。
(b)
ある財産が遺産に含まれるか否か。
(c)
指定相続分や遺産分割の方法を定めた遺言書につき、 遺言書作成当時、 遺言者に意思能力があったか否か。
(d)
過去になされた遺産の一部分割の協議につき、 当事者に錯誤があったか否か。などがあります。
これらの問題がある場合は、 積極的に民事訴訟手続を活用することが重要なポイ ントとなります。
(ヘ)
保全処分手続の活用
(a)
審判前の保全処分
1)
審判前の保全処分の意義
遺産分割調停、 審判手続による紛争解決には、 一定の期間を要します。 その期間内に事実上遺産を管理している相続人の一人が遺産を隠匿したり処分した りしてしまうケースがあります。 これを放置しておいたのでは、 せっかく遺産 分割審判を得ても、 その時点では分割すべき遺産がなくなっているという事態 にもなりかねません。
このような事態を防ぐ方法として、 家事事件手続法では、 審判前の保全処分 制度を定めています (家事事件手続法 105 条)。
審判前の保全処分は、 審判手続の開始時以降でなければできません。 したが って、 例えば、 遺産分割調停を申し立てただけでは、 未だ審判手続は開始して いませんので、 この保全処分は認められません。
2)
審判前の保全処分の内容
家事事件手続法 105 条 1 項は、 「仮差押え、 仮処分、 財産の管理者の選任そ の他の必要な保全処分」 を命ずることができると規定しています。
具体的な保全処分の態様については、 家事事件手続規則に規定がありますが、 相続紛争、 特に遺産分割事件の解決のために有効なものとしては、 次の保全処 分があります。
イ.
財産管理者選任の仮処分
ロ.
不動産処分禁止の仮処分
ハ.
不動産占有移転禁止の仮処分
ニ.
建物の増改築等現状変更禁止の仮処分
ホ.
預金債権の仮差押え
ヘ.
特定の預金債権を特定の相続人に仮に取得させる仮処分
3)
審判前の保全処分の効力
このうち、 イ.の財産管理者選任の仮処分がなされた場合、 選任された財産管理人には、 民法 27 条ないし 29 条の規定 (不在者の財産管理人に関する規 定) が準用され (家事事件手続法 200 条 4 項)、 財産管理人の権限は、 原則と して保存、 利用、 改良行為に限定されています。
財産管理人が選任されても、 当該財産管理人は、 遺産を事実上管理している 相続人から当該遺産の引渡を強制的に受ける権限までは有しておりません。 さ らに、 財産管理人が選任されても、 各相続人は、 当該財産についての処分権は 失わないと解されています。
この意味で、 遺産を保全する制度としては、 財産管理人選任の仮処分は不十 分な面があります。
次にロ.ないしヘ.の各種保全処分は、 その処分内容が強制執行に親しむも のである限り執行力を有し、 民事執行法等の規定により強制執行をすることが できます。
4)
審判前の保全処分の効用
例えば、 相手方が遺産のほとんど全部を事実上管理しているケースで、 遺産 分割協議が成立しないため遺産分割調停、 審判の申立をしようとする当事者は、 事前に相手方の有する不動産や預金等を十分に調査し、 不動産処分禁止仮処分 や預金債権仮差押を申立てて、 その決定を得るよう努力すべきでしょう。 ただ し、 これらの保全処分を申し立てるためには、 前述のとおり遺産分割審判手続 が係属していることが要件となりますので、 申立人としては、 まず遺産分割の 調停申立ではなく審判申立をしたうえで、 上記保全処分を申し立てる必要があ ります。
これらの保全処分の決定を得ますと、 相手方に対する相当なプレッシャーと なり、 遺産分割事件そのものの解決が迅速となる場合が非常に多いと言えます。
(ト)
刑事告訴手続の活用
相続の開始時から相続紛争解決までの間に、 相続人の一部が遺産の一部を処分したり費消する場合があることは前述したとおりです。
民法は、 相続人が数人あるときは、 相続財産はその共有に属するものと規定しています (民法 898 条)。 そして、 共有者の一人がその占有する共有物をほしいまま に自分一人のために消費したときは、 共有物の全部について横領罪が成立するとす るのが判例です (大審院昭和 10 年 8 月 29 日判決)。
ただし、 親族間での横領については、 刑法 255 条、 244 条が次のような特則を定 めています。
(a)
配偶者、 直系血族又は同居の親族との間で横領罪を犯した者は、 その刑を免除 する。
(b)
(a)以外の親族との間で犯した横領罪については、 告訴がなければ公訴を提起 することができない。
これによれば、 例えば、 兄弟間の遺産分割紛争において、 兄が事実上父の遺産 を管理し、 その一部を処分したときは、 同居していない弟が兄を刑事告訴すると 公訴 (刑事裁判提起) される可能性が生じます。 このような場合には刑事告訴は 相続紛争解決の極めて強力な手段となります。
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