企業法務
改正民法における定型約款制度について
1.はじめに
ご存知の方も多いと思いますが、2017年5月26日、制定以来120年ぶりの民法の改正案(以下「改正民法」といいます。)が国会で成立し、同年6月2日には官報に掲載・公布されました。明治時代に作られた法律がやっと改正されたのも驚きですが、改正項目が200項目に及ぶ大改正となっております。改正民法の施行日は、「一部の規定を除き、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日」とされております。3年間は周知期間とされているため、2020年6月2日までに施行されることになります。
2.定型約款が民法改正において議論された経緯
改正民法の目玉の一つが、「定型約款」に関するルールの創設です。
いわゆる運送約款、旅行約款、引越約款、宅配約款、保険約款、クレジットカード約款、請負契約約款、預金約款など現代社会では様々な約款が利用されています。約款は、大量の取引を合理的、効率的に行うため、いちいち条項を確認しながら合意内容を確定していくことなく、予め定められた画一的な契約条項に拘束力を認めるところに意義があります。しかし、契約を締結する前に約款を読み込むような人はまずいません。それにもかかわらず、約款があるというだけで、常にこの約款に拘束されてしまうことは許されるのでしょうか?また、約款に記載されていることは、どんな内容でも効力を認めてしまってよいのでしょうか?改正民法の定型約款に関するルールの創設は、このような問題意識を出発点としております。
今回は、この改正民法で創設された定型約款制度についてご紹介をしたいと思います。
3.定型約款制度への対応のポイント
それでは、定型約款についての対応のポイントを具体的にみていきましょう。
まずは、以下の点をおさえておくことが重要です。
- [1] 定型約款を契約の内容とすることを明確に表示すること
- [2] 顧客の利益を害する条項が入っていないかを確認すること
- [3] 定型約款の内容の表示方法を決めること
- [4] 定型約款の変更に関するルールを明記すること
順番に4つのポイントを見ていきましょう。
[1] 定型約款を契約の内容とすることを明確に表示すること
定型約款の個別の条項について、事業者と顧客間で合意をしたことが認められるためには、以下のいずれかの要件を満たすことが必要です。
ア.定型約款を契約内容とする旨の合意をすること
イ.定型約款を準備した者が予めその定型約款を契約内容とする旨を相手方に表示していたこと
したがって、事業者としては、例えば、不特定多数の顧客から受領する契約の申込書等には、当該申込書等の見やすい箇所に、「当該申込みにかかる契約の内容については、・・・約款にて定める」「・・・約款を承認のうえ・・・」、「本取引には・・・約款が適用されます」などといった文言を入れておくことが最低限必要となります(この点については、改正前から既に同じような文言を取り入れている事業者の方も多いと思います)。
[2] 顧客の利益を害する条項の有無を確認すること
上記[1]ア又はイの要件を満たす場合には、顧客は定型約款の内容に同意したものとみなされますが、どのような内容の約款でもそのような同意擬制の効果が認められているわけではありません。
すなち、改正民法では、顧客が不利益を被らないよう、定型約款の中の不当な条項を合意内容から排除するような規制がなされています(不当条項規制)。また、定型約款に含まれていることが顧客からみて通常予見できない場合も合意内容から排除される仕組みとなっています(不意打ち条項規制)。
例えば、不当に高い違約金やキャンセル料を定めた条項、事業者側の不当な免責・賠償金額を定めた条項(不当条項)や、定型取引とは無関係な商品のセット販売を規定する条項、定型取引の商品には予測できないようなサービスが付帯しているような条項(不意打ち条項)等を指します。
したがって、約款に不当条項や不意打ち条項が含まれている場合には、それを削除するか、条項を抜粋し、個別に同意を得るなどの対策が必要になってきます(ただし、個別に顧客の同意を得るだけで必ず約款の内容に組み入れられるわけではありません)。
~改正民法第548条の2~(定型約款の合意)
定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その 内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一.定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二.定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2.前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。
[3] 定型約款の内容の表示方法を決めること
改正民法では、事業者は、顧客から請求があった場合、遅滞なく、約款の内容を顧客に示す必要があると規定しています。事業者がこの義務を怠った場合には、事業者と顧客間の合意内容に当該約款の内容が組み入れられないことになります。もっとも、あらかじめ約款を交付している場合や電磁的記録(メール等)で約款の提供を行っていれば、改めて内容を表示する必要はありません。
このような規定もあるため、事業者としては、顧客から請求を受けてからではなく、予め定型約款の交付や提供をしておくことが望ましいといえます。
~改正民法第548条の3~(定型約款の内容の表示)
定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。
2.定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
[4] 定型約款の変更に関するルールを明記すること
定型約款も、サービス内容の変化等、時の経過や事情の変更により内容を変更する必要性に迫られることがあります。しかし、定型約款を準備した側が一方的に無制限に変更できるというのは行き過ぎです。そこで、改正民法には、定型約款の変更のルールが規定されています。
具体的には、
ア.変更が相手方の一般の利益に適合するとき、
イ.変更が契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、約款の変更をすることがある旨の定めの有無、その内容その他変更に係る事情に照らして合理的であるときは、
変更後の定型約款について合意があったものとみなされ、個別の合意は必要ないとされています。
この要件自体は抽象的な規定であるため、定型約款を変更しても拘束力がないといった事態にならないよう、変更の際は上記の要件に該当するかどうかを十分に検討する必要があります。
例えば、以下のようなケースは、同意がなくても約款を変更できる場合に該当する可能性が高いと思われます。
反社会的勢力の利用を禁止する条項を新たに約款に追加する場合
法改正にともない新たに法律上禁止された行為を、顧客の禁止行為として約款に追加する場合
ただし、顧客の同意を得ずに約款の変更を行う際の手続きとして、以下の2点が義務付けられました。
ア.変更後の約款の効力発生時期を定めること
イ.変更後の約款の内容と効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知すること
~改正民法第548条の4~(定型約款の変更)
定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一.定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二.定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
2.定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。
3.第一項第二号の規定による定型約款の変更は、前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ、その効力を生じない。
4.第五百四十八条の二第二項の規定は、第一項の規定による定型約款の変更については、適用しない。
4.おわりに
以上が、改正民法における定型約款の制度の概要ですが、具体的にどのような対応を取ることが望ましいのかは、各事業者によって異なってきます。また、改正民法の中で抽象的に記載されている要件などは、専門的な法解釈が必要になってきますので、定型約款を既に利用されている事業者の方やこれから定型約款の導入を検討されている事業者の方は、一度弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めします。