企業法務
年次有給休暇の強制付与制度について
1 はじめに
政府は、平成27年12月25日に閣議決定された第4次男女共同参画基本計画 の中で、2020年までに、「年次有給休暇取得率を70%とする」との数値目標を掲げました。
また、改正が予定されている労働基準法においては、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者については、年に5日以上の有給休暇を取得することを企業側の義務とする内容が規定される見込みとなっています。 そこで、今回は、この年次有給休暇の強制付与制度について説明したいと思います。なお、以下の説明は、第189回国会で提出された内閣提出法律案(「労働基準法の一部を改正する法律案」)に基づいておりますので、今後の審議状況によって内容が変更される可能性があることにご留意ください。
2 有給休暇の仕組みについて
まず、有給休暇の仕組みについて説明します。有給休暇を取得することは、「労働基準法」によって定められた、労働者が平等に持つ権利です。 有給休暇を取得するには、以下の2つの要件を満たしていることが必要です。
- 仕事を開始してから6ヶ月間継続して働いていること
- 労働日のうち8割以上出勤していること
上記の要件を満たすと、10日の有給休暇が付与されます。そして、有給休暇の日数は、勤続年数が長くなるほど増えていきます。また、有給休暇の有効期限は2年間です。そのため、ひとつの会社に長く勤めている人であっても、一度に保有できる最大の有給休暇は40日となります。この有給休暇は、正社員や契約社員はもちろん、派遣やパートやアルバイトで働く人にも付与されています。
有給休暇は労働者の権利なので、「有給休暇を取りたい」と申し出があった場合、基本的に企業は断ることができません。ただ、企業側には「時季変更権」という権利があり、業務の正常な運用を妨げる理由がある場合に限り、有給休暇を別日に取得するように指示をすることができます(労働基準法第39条第5項)。業務の正常な運用を妨げる場合というのは、労働者が会社の繁忙期や重要な仕事を任されている際に休暇を取得すること等を指します。
3 年次有給休暇の取得状況
厚生労働省の公表している「平成29年就労条件総合調査結果の概要」の「労働者1人平均年次有給休暇の取得状況」では、平成28年1年間に企業が付与した年次有給休暇日数(繰越日数を除く。)は、労働者1人あたりの平均は18.2日で、そのうち労働者による取得日数の平均は9.0日となっており、取得率は、49.4%となっています。
なお、この年次有給取得率は、平成5年以降、5割を下回る水準で推移しています(平成29年版過労死等防止対策白書)。取得率を企業規模別にみると、1、000人以上が55.3%、300~999人が48.0%、100~299人が46.5%、30~99人が43.8%となっています。
4 改正法案提出の背景と概要
このような有給取得率の低迷という状況もあって、労働者の長時間労働を抑制するとともに、労働者がその健康を確保しつつ、創造的な能力を発揮しながら効率的に働くことができる環境を整備するという観点から、労働基準法の改正法案が国会に提出されました。
~第189回閣第69号労働基準法等の一部を改正する法律案(抜粋)~
(労働基準法の一部改正)第39条第6項の次に次の2項を加える。 使用者は、第1項から第3項までの規定による有給休暇(これらの規定により使用者が与えなければならない有給休暇の日数が10労働日以上である労働者に係るものに限る。下この項及び次項において同じ。)の日数のうち5日については、基準日(継続勤務した期間を6箇月経過日から1年ごとに区分した各期間(最後に1年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日をいう。以下この項において同じ。)から1年以内の期間に、労働者ごとにその時季を定めることにより与えなければならない。
ただし、第1項から第3項までの規定による有給休暇を当該有給休暇に係る基準日より前の日から与えることとしたときは、厚生労働省令で定めるところにより、労働者ごとにその時季を定めることにより与えなければならない。 前項の規定にかかわらず、第5項又は第6項の規定により第1項から第3項までの規定による有給休暇を与えた場合においては、当該与えた有給休暇の日数(当該日数が5日を超える場合には、5日とする。)分については、時季を定めることにより与えることを要しない。
具体的には、年10日以上の年次有給休暇取得権が発生する労働者について、そのうち、5日については年次有給休暇取得権が発生した日(基準日)から1年以内に、労働者ごとに、使用者が時季を定めて有給休暇を付与しなければならないという内容となっています。既に10日以上の年次休暇がある社員が1年に5日以上の有給休暇を取得している場合、企業側は有給休暇の取得日を指定する必要はありません。
そのため、既に1年に5日以上の有給休暇を取得できる風土がある企業は、有給休暇の義務化制度が開始されたとしても、実務への影響は少ないといえます。もっとも、全従業員が年間で5日間必ず有給休暇を取得しなくてはいけないため、企業には、従業員の有給休暇の取得状況を常に把握しておくという労務管理が求められることになります。逆に、社員の有給休暇の取得実績が低い企業については、有給休暇の取得率を上げるための改革をすることが必要になります。