成年後見

会社経営者の認知症に対する対応

1. はじめに

 日本の高齢者人口は年々増加の一途にあり、会社の経営者においても高齢化が進んでいます。経営者が高齢により認知症となった場合、経営判断の質や取引先からの信用の低下といった経営上の問題が生じるほか、契約時に自己の法律行為の結果を判断する能力(意思能力)に欠けていたと事後的に主張され、契約そのものが無効となるといった法律上のリスクも生じることとなります。
 反対に、取引先の代表者に認知症の疑いがあり、訴訟提起して契約そのものを無効と主張したい等の場合も、被告である会社の代表者に有効に訴訟を追行する能力(訴訟能力)がない以上、訴訟手続き自体が進行しないという弊害も発生しえます。
 そこで今回は、経営者の方に認知症状が現れた場合の法的対応についてご説明いたします。

2. 法定後見制度

(1)代表取締役の解任・解職

 経営者の認知症状が悪化し、代表者の地位を後任者に交代した方が会社の利益となる場合、まずは代表取締役を解任・解職するべく、会社法上の手続きをとることが考えられます。
 代表権を喪失させるためには取締役会決議を成立させる必要がありますが、この点について必ずしも取締役の意見が一致するとは限らないため、取締役会決議の成立が難航する可能性があります。
また、経営者の取締役としての地位そのものを喪失させるためには株主総会決議を成立させる必要があるところ、代表者が株式の大半を保有するような場合、意思能力の欠如により議決権行使自体が後に無効となるリスクを否定できないため、やはり株主総会決議の成立自体が難しくなります。
 このように、重い認知症状を抱えた経営者を代表にしたまま、後任者が定まらない事態が長期化するのを回避するためには、代表者について後見開始の審判(又は保佐開始の審判)申立てを行い、家庭裁判所に成年後見人(又は保佐人)を選任してもらう方法が考えられます。
 代表者が成年被後見人(又は被保佐人)として裁判所に認められた場合、取締役の欠格事由(会社法331条)に該当し、代表者は当然に取締役としての地位を喪失するため、取締役会や株主総会といった煩雑な手続きを経ずとも経営者から退くこととなります。

(2)後任代表者の決定

 後見開始の審判によって代表者がその地位を喪失した場合、当然、会社としては後任者を決定しなければなりません。
 後任者が事実上既に決定されているような場合には、残った他の取締役によって代表者選任の取締役会決議を成立させることになりますが、取締役会の定足数を満たす取締役が残存していない場合には、まずは株主総会を開催し、後見人が議決権行使を行い、定足数を満たす取締役を選任した上で、代表者を決定する等、複数回の法的手続きを積み重ねていかなければなりません。
 しかし、当該会社の経営に精通しているとは限らず、適切な取締役を選定できる保証はありません。また、後任者を誰にするかについて意見が割れている場合などには、やはり正式な代表者が定まらないままの状態が続く、というリスクは残ってしまうこととなります。

3. 任意後見制度

 そこで法定後見の代わりとして考えられるのが、任意後見契約をあらかじめ締結しておく方法です。
 任意後見契約とは、本人の判断能力がまだ健全である間に、将来の判断能力低下に備えて信頼のおける人を「任意後見人」に選任しておく制度をいいます。あらかじめこのような契約を締結しておくことにより、いざ認知症状等が悪化した場合に、裁判所の選任した後見監督人の監督下のもと、任意後見人を通じて本人に代わる適切な代表者を選ぶことが可能となります。

 

4. 特別代理人の選任

 また、上記2及び3の方法は、自社の代表者に認知症状があらわれた場合の対応であり、訴訟の相手方会社の代表が重い認知症の場合には、そもそも申立権者である本人や親族に、後見開始審判や、後見監督人選任の申立てを行ってもらえる見込みは極めて低くなります。
 この場合には、訴訟手続きが遅延することによる損害の発生を裁判所に疎明することにより、裁判所に特別代理人を選任してもらい、当該訴訟限りで相手方会社の代理人として訴訟追行させることになります。

5.まとめ 

 以上のように、経営者の判断能力が著しく低下した場合、社内外で様々な弊害が生じることとなるため、事前事後の法的対応が不可欠です。

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