成年後見

後見人の権限とその拡張

第1 はじめに

 現在、日本社会では、高齢化に伴う認知症高齢者数の増加が深刻化しています。
認知症等の症状により財産管理が困難となった場合、不当な被害に遭うことを防止するべく、法は成年後見人制度を用意していますが、以下に述べるとおり、この成年後見人制度には、この制度によってはカバーしきれないリスクや不都合があります。
 そこで今回は、成年後見人制度の限界を補完し、将来の判断能力低下に備えて財産管理に自己の希望を反映する方法として、移行型任意後見契約や家族信託についてご紹介致します。

第2 成年後見人制度の限界

 

1 空白期間が生じる危険性

成年後見人が選任されるのは、判断能力の低下後、本人または4親等内の親族が家庭裁判所に申立てを行い、後見開始の審判がなされて以降のことです。
 したがって、財産管理が困難な状態になってから成年後見人が就任するまでの間、一定の空白期間が発生し、その間に不当な財産被害に遭う無視できないリスクがあります。
とりわけ、身寄りのない方の場合、判断能力が低下していることを発見してもらえず、財産管理能力のない状態で長期間過ごす可能性があります。この場合、手術・入院や施設への入居等、本人にとって真に必要な契約であっても、意思能力の不存在を理由に契約を締結できず、必要な処置等を受けられないといった危険も生じえます。

 

2 成年後見人の権限に対する制約

 また、成年後見人が選任された後も、その権限には法律上一定の制限が加えられているため、必要な出費であっても迅速に取引を実現できるとは限りません。
 例えば、成年後見人の選任後、施設に入居する必要が生じたものの、本人の預貯金のみでは必要な支払いを行えない場合、通常、自宅不動産の売却等による資金調達を検討します。
 しかし、成年後見人が成年被後見人の居住用不動産について売却等の処分を行う場合には、家庭裁判所の許可を得なければなりません(民法859条の3)
 さらに、後見業務は本人の死亡により終了するため、葬儀や埋葬費用の精算といった死後事務は、相続人に委ねられ、基本的に後見人の職務範囲外となります。したがって、生前に相続人と疎遠になっていたような場合には、当然、自己の希望を反映した葬儀や埋葬を行ってもらえない可能性が高くなります。

第3 移行型任意後見契約の活用

 

1 移行型任意後見契約とは

 上記のような不都合を回避するための予防策としては、心身が健全であるうちに、あらかじめ任意後見契約を締結しておくことが考えられます。
 かかる任意後見契約では、本人が自ら将来の後見人を選び、委任範囲も合意によって決定できるため、居住用不動産の処分についても家庭裁判所の許可なく行うことができ、迅速な資金調達が可能となります。
 もっとも、実際に任意後見人が就任するためには、家庭裁判所の審判が必要となる点は法定後見制度と同様であるため、やはり一定の空白期間が生じうることは否めません。
 そこで、空白期間の発生を回避するため、定期的な連絡や訪問を通じて本人の健康状態や生活状況を確認する見守り契約や、判断能力が低下する前段階から財産管理を委託する委任契約を締結することが考えられます。
 さらに、葬儀や埋葬まで任意後見人に託したい場合、その旨を別条項に盛り込んでおけば、自己の希望を反映した死後事務の備えも可能となります。

 

2 小括

 このように、通常の任意後見契約に見守り契約や財産管理委任契約、死後事務委任契約を付加したものを、一般的に移行型任意後見契約と呼びます。このような移行型任意後見契約の活用により、後見人の権限範囲を判断能力低下前から死後まで幅広くカバーし、委任範囲も本人の希望に応じて自由にカスタマイズすることが可能となります。

第4 家族信託の活用

 また、移行型任意後見契約と同様の制度に、家族信託があります。
家族信託とは、心身が健全なうちに信頼する親族に自己の財産の帰属させ、当該財産から生じる利益を本人に帰属させる契約をいいます。
かかる家族信託は、本人の財産を既に親族に帰属させている以上、本人死亡後の財産承継をどうするかという問題も一挙に解決することが可能です(家族信託の遺言機能)。
 もっとも、家族信託はあくまで財産管理にあるため、任意後見契約のように、介護施設との契約や介護サービスの利用といった身上監護までカバーできるわけではないため、やはり任意後見契約と組み合わせる等の工夫が必要となります。

 

第4 まとめ

 以上のとおり、移行型任意後見契約や家族信託であれば、成年後見人制度の限界を補完し、判断能力が低下する以前の段階から死亡後に至るまで、柔軟に対応することが可能です。
 もっとも、移行型任意後見契約と家族信託いずれが最適か、契約内容を個々の事情に応じてどうカスタマイズするかは、高度な専門的判断が必要となりますので、関心のある方は、お早目に弁護士までご相談ください。

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