貸地・貸家明け渡し
建物倒壊の危険と明渡請求
第1 はじめに
マンションやアパートを所有されているオーナーの皆様の中には,建物が老朽化により倒壊する事態を未然に防止すべく,建替えを行う必要があるとして賃借人に対し明渡しを求めたいと考えている方も大勢いらっしゃると思います。
そこで,今回は,倒壊する危険のある建物を所有するオーナーの方がどのような方法により,賃借人に対し建物の明渡しを求めることができるかについてご説明を致します。
第2 建物倒壊の危険
1 前提事項
建物が老朽化等の「瑕疵」により倒壊し,他人に損害を生じさせてしまった場合,当該建物所有者は,被害者に対し損害賠償責任を負うことになるのが原則(民法717条第1項本文,工作物責任)であり,その賠償金額は数億円になることもあります。 そこで,老朽化した建物を所有するオーナーの皆様には,倒壊により前記損害賠償責任を負わされるリスクを未然に回避すべく,一刻も早く賃借人に対し明渡しを求めていく必要がございます(その際には,専門的知識を有する弁護士にご相談なされることをお勧め致します)。
2 裁判例
⑴ 神戸地裁平成11年9月20日
阪神・淡路大震災により,賃貸マンションの1階部分が倒壊し,1階部分の賃借人らが死傷したことから,その遺族らが賃貸人等に対して,総額約3億円余りの損害賠償を請求したという事案です。
判決では,
① 当該マンションは,建築当時の建築基準法上の基準に照らし,通常備えているべき安全性を備えていない
② 仮に建築当時の基準で通常備えているべき安全性を備えていたとすれば,1階部分が完全につぶれる形での倒壊には至らなかった可能性がある
③ 賃借人らの死傷は阪神・淡路大震災という不可抗力によるものとはいえず,当該マンションの欠陥と想定外の地震とが競合して結果が生じた
④ 結論として,賃貸人には損害額の5割について責任があるとし,合計1億2900万円の損害賠償責任が認められる
という結論が示されました。
3 考察
この裁判例では,建築当時の基準に沿って建築されていない場合には,現行の基準の想定を超える大地震が起こった場合でも,損害賠償責任を免れないことが示されました。
建築当時の建築基準法上の基準に従って建築されるべきことは当然ですが,実際には基準に沿って建築されていないことが後になって判明するケースが後を絶ちません。
耐震診断等の結果,問題が判明した場合には,そのまま放置しておかず,耐震補強や建替といった改善策を行うことがやはり大切です。
そして,所有者が建替えを希望される場合には,賃借人らに対し明渡し(立退き)を求めていくことになります。
そこで,次に明渡請求がどのような場合に認められるかという点についてご説明致します。
第3 明渡請求の可否
1 基本的な考え方
⑴ 明渡請求が認められるためには,正当事由(借地借家法28条)が必要になるところ,建物の危険性も正当事由の考慮要素の一つとなります。
⑵ そして,明渡請求をする際には,通常,賃借人に対し立退料を支払うことになります。但し,建物の危険性が高まると,立退料の支払が不要になる場合もございます。
⑶ また,判例上は「Is値」(Seismic Index of Structure)という耐震指標が重要視されており,その値によっては立退料がゼロになる事例(下記の裁判例(東京地判立川支部平成25年3月28日)をご参照下さい)もございます(下記の裁判例(東京地判立川支部平成25年3月28日)をご参照下さい)。例えば,複数階建ての建物において「Is値」が各階で異なっている場合でも,建物全体からみてある程度の割合でその値が低いことが確認されれば,立退料がゼロになる場合があります。
この点につきましては,かなり専門性が高い内容となっておりますので,詳細につきましては,弁護士にご相談なされることをお勧め致します。
2 裁判例
⑴ 東京地裁平成3年11月26日(阪神淡路大震災前の事例)
ア 事案及び判断内容
賃貸人が,本件建物で薬局を営んでいる賃借人に対し,老朽化による取り壊しの必要性等を理由に,解約を申し入れ,本件建物の明渡しを求めたという事案です。
この裁判例では,賃貸建物が既に建築後60余年を経過し,老朽化が著しく地盤崩壊等の危険性すらある場合において,賃貸人側の事情として,右建物を取壊して今後の生活の基盤となる新しいビルを建築する可能性が高いと認められるのに対して,賃借人は右建物を薬局として長年使用しているものの,住居として使用していないこと,他にも不動産を所有していること,近隣に賃借人が居住している母親所有のビルがあることなどの事情の下では,賃貸人からの解約申入れには正当事由が認められるとの判断がなされました。
イ 判断のポイント
判断のポイントとしては,主に以下の3点が挙げられます。
① 建物の危険度
当該建物が建築後60年余りを経過し,老朽化が著しいだけではなく,地盤崩壊等の危険すらあることが考慮されました。
② 有効利用計画の存在
賃貸人は当該建物を取り壊して,新たに鉄骨造地下1階,地上5階建の事務所兼住居用のビルを建築する計画を立てているところ,今後の生活の基盤としてこの計画を実行する必要性が高いことが重視されました。
③ 賃借人の利益
本件では,賃借人が薬局の移転先を見つけることが不可能ではない状況であることが考慮されました。
ウ 考察
この裁判例では,当時(阪神淡路大震災前),耐震性ということについて社会的関心が今ほど高くなかったことから,耐震性の観点の検証は特になされておりませんが,
① 老朽化が著しく進んで,危険性が高いこと,
② 賃貸人側に具体的な建替計画とその必要性があること,
③ 賃借人が移転先を見つけることが不可能ではないこと,
の3つの事情を主な理由として,立退料なしでの立退きを認めていいます。
⑵ 東京地裁平成24年8月27日(阪神淡路大震災後の事例)
ア 事案及び判断内容
建物内の貸室賃貸人である原告が,貸室賃借人であり,貸室で鍼灸マッサージの治療室を営む被告に対して,解約申入れには正当事由があるとして,貸室の明渡しを求めた件につき,原告が本件建物を含む地域での再開発計画を有し,本件建物以外については立退き及び建物解体が完了していること,建物が建築から50年以上が経過していることから貸室の明渡しを求める事情に相応の理由がある一方,被告が貸室の利用を必要とする事情も大きいとして,立退料約769万円の支払と引換えに明渡しの請求が認容されるとともに,賃料相当損害金の支払が認容された事案です。
イ 判断のポイント
判断のポイントとしては,主に以下の4点が挙げられます。
① 建物の危険度
当該建物は,築50年以上が経過しており,外見上,壁面のコンクリートに浮きや剥離があるほか,樋などの変形や劣化,建物内外にひび・割れが散見される状態があり,また,コンクリートの中性化調査では,鉄筋がさびやすい環境になっていると推測されています。
(建物の改修可能性)当該建物がすでに築50年を経ていることからも,賃貸人が再調達価格に比べて高額な負担をして耐震補強及び保全改修工事を行って,現状の当該建物を必ずしも推奨されるものではなく維持するのは,競合する物件との競争力の観点からも,賃貸人が建替えを選択することは合理的というべきです。
② 有効利用計画の存在
賃貸人は,当該建物を取り壊して,その敷地を周辺が土地と一体として鉄骨造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造の地下1階,地上8階建の店舗・事務所用ビル(延べ床面積6600㎡)を建築する再開発計画を有しており,当該建物の当該貸室を含む2室以外は計画地内の立退きと建物の解体が完了しています。
③ 賃借人の利益
賃借人が当該貸室で営業を継続する必要性は高いとはいえるが,その業態からすると,店舗は必ずしも建物1階の路面店でなければならないわけではなく,また,周辺は中高層の事務所ビルが立ち並ぶ地域であることからすると,代替物件への移転は可能でした。
④ 立退料
借地権価格の63%(正当事由充足率37%),営業補償1か月分,内装費等移転費用を合計。但し,差額家賃は借家権価格の保証に含まれるとして算定せず)。
※ 算定方法の詳細については,過去のトピックス(「立退料の算定方法」2018.3.26)をご参照下さい。
ウ 考察
この裁判例は,(阪神淡路大震災の後であったこともあり)建物の危険度の検討において,耐震性の観点からの検証もなされております。つまり,十分な耐震性を備えていないという事実が,明渡請求の正当事由を肯定する一つの事情となりうることが示されております。このことからも,耐震診断等の結果,問題が判明した場合には,そのまま放置しておかず,耐震補強や建替といった改善策を行うことがやはり大切であることが分かります。
⑶ 東京地判立川支部平成25年3月28日(「Is値」を使用した事例)
ア 事案及び判断内容
明渡請求の対象建物は11階建ての大規模公営住宅であり,建替えの話し合いを2年継続し204戸中197戸が建替えに合意したが,合意をしなかった住居者に対し,明渡請求をしたという事案です。
建物の危険度として,各階の「Is値」を調査したところ,下記の通りでした。
11階 | 0.46 |
10階 | 0.38 |
9階 | 0.30 |
5~8階 | 0.26~0.29 |
1~4階 | 0.38~0.45 |
危険度が0.3未満であったのが4層あり,安全基準である0.6以上の階が存在しませんでした。その結果,建物全体の危険度が高いと判断され,立退くことが借家人の利益であることから,代替建物の提供で足り経済的な補償は不要(立退料ゼロ円)であるという結論が示されました。
第4 結語
以上の通り,建物が倒壊する危険がある場合に立退きを実現するには,その時点での諸条件・諸事情にしたがって柔軟な対応をする必要があり,その方法は一つではありません。
また,法律上の立退き要件が存在しない場合にも,裁判と同様の条件で立退きが実現できる場合もあります。
立退き交渉は初動を誤ると,有利な条件を消滅させ,やむを得ず不利な条件で妥協するしかなくなってしまいます。
このように,いかなる方法で賃借人に対し明渡しを求めていくべきかについては,極めて専門的で多岐に亘る視点からの法的判断が必要となり,その選択を誤ると建物の所有者自身に不利益が生ずるおそれがあるため,慎重に決すべき重大な判断事項であるといえます。
当グループでは,このような不動産関連のご相談を数多く受けており,建物の明渡請求事件における相手方との交渉及び訴訟に関する豊富な経験とノウハウを有しておりますので,最高の対策・解決策をご提供することができます。
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