会社支配

事業承継マニュアル

第2章

事業経営の承継

集合写真
第2

経営権の確立

1

会社支配

(1)
経営権(株式)支配の意義
事業承継は、オーナー経営者が自社の経営権・支配権を確保し、それを自分の後継者に承継させることを目的とするものです。そこで、まず、この経営権・支配権とはどの ようなものかを確認することとします。
経営権・支配権などという語は、法律上の用語ではありません。一般に、自己の意図 にそって業務執行を行うことができる地位・権利を、そのように表現しています。
株式会社の業務執行に携わるのは、取締役会を構成する取締役、取締役の中から会社 を代表する権限をもつことを任じられた代表取締役、個別の業務の執行について任じら れた執行役員らです。しかし、自ら直接これらの職に就かなくても、これらの選任・解 任権や重要事項の承認権を通じて、会社の業務執行をコントロールすることができます。
そのため、いわゆる経営権ないし支配権とは、このようなコントロールを通じて会社に おける決定を自己の意図で行えるという内容を示しています。そして、このようなコン トロールは、以下に述べるとおり究極的には持分割合によって行われるので、会社の経 営権・支配権とは、議決権のある一定割合以上の株式(持分)を保有して行う「株式(持 分)支配」を実質的内容としています。
(イ)
会社の支配構造
法律上、株式会社の所有者は株主とされています。
株式会社は、払い込まれた株式の代金の総体(資本)をもって経済活動をしますが、資本金を出した人は、各々の出した分(持株割合)に応じて、株主総会におい て自分の意思を通すことができます。株主総会は、決議というかたちで会社の基本 的意思決定をします。会社法では、取締役の選解任や定款の変更等、重要なことは、 株主総会における持分多数で株主が決めるとしており、株主総会を支配できる者は、 取締役や会社の重要事項を支配します。そのため、株主は、株式会社の資本を支え 基本的意思決定を握る「所有者」とされるのです。
このように、株式会社では、誰であれ「(議決権のある)株式」を多く集めた者が その会社を支配するというルールになっており、このことは同族会社においても法 律上変わりません。株式会社では、基本的に、株式を保有する人は誰でも、全体の議決権に占める自身の持分の割合に応じて株主としての権利を取得します。株式を 一定割合以上集めれば、もともと無関係の者が会社を乗っ取ることもできます。「株 式」にはそういう重要な価値があるということです。
実際は、株式会社の中に家族経営・同族経営の会社も少なくなく、このような会 社では、経営者本人や同族で会社の株式の殆どを保有しているケースが多いため、 日ごろ「株主の権利」をあまり意識しないまま、「社長」等の肩書きを持つ「経営者」 が会社に関わる事項について独断で決していることがよくあります。このような会 社では、オーナーが元気で権力があるうちは問題が表面化しにくいものです。しか し、法律は、出資者としての基盤をもつ「株主」を基準に会社の支配構造を定めて いるので、後継者以外の相続人らが株主としての権利をもとにオーナーの方針に反 対すれば、オーナーの描いた事業承継計画は実現されず、相続紛争が会社経営をも 混乱に陥れることになります。オーナーが後継者に経営権を譲るについては、後継 者が株主として持分多数になるよう考えなければなりません。事業承継を行う際に も、会社における持株割合が重要な意味を持つことに十分留意し、オーナー経営者 及びその後継者が経営支配に必要な株式を確保できるようにすることが、非常に重要です。
なお、特例有限会社においても、「出資一口(持分)」は「出資一株」とみなされ、 原則として会社法の適用を受けることになりますので、この項で株式会社について 述べたことはほぼ同様に妥当します。
(ロ)
会社の機関
(a)
株式会社の機関
会社の種類や規模に応じまちまちですが、株式会社は、基本的には、株主総会、 取締役会、監査役の3つの機関で構成されます。会社の規模及び会社の選択によ り、委員会等設置会社、取締役会非設置会社のように別の機関構成をとるものも ありますが、ここでは、オーナー経営の会社に多い基本的な形態を基準としてご 説明していきます。
株主総会は、株主によって構成され、会社の基本事項に関する意思決定を行い ます。取締役会は、取締役によって構成され、会社の業務執行を決し取締役の職 務の執行を監督する機関です。監査役は、取締役の職務執行を監査する機関です。
株主総会・取締役会が法律上の会議体であるのに対し、監査役は個人機関です。
このため、取締役や監査役の責任を追及する訴訟提起がされた場合などに違いが 生じます。つまり、取締役は、取締役会に上程されたか否かを問わず、議事録に 異議をとどめない限りは担当外の業務事項であっても責任を負います。これは、 取締役の場合、取締役会は会議体として業務執行を決し取締役間での相互監視義 務を負うことから、上記のように、直接的には他の取締役がやったことでも賠償 責任を負うのです。これに対して、監査役は、権限行使は各自独立に権限行使す べきものであり、行使すべき自分の権限を直接懈怠した場合に責任を負うことに なります。これは、監査役が複数いる場合も監査役会がおかれる場合も同様です。
株主となることは、会社の業務執行を行うこととは別です。業務執行に関して は、複数の取締役で構成される取締役会が基本的意思決定をし、これに基づいて 業務執行権限をもった役員が業務執行を行います。法律上、株主自ら業務経営を 行うことは予定されておらず、株主から取締役・業務執行役員等に対して、経営 のプロとして会社の業務を行うことを委任していることになっています(所有と 経営の分離)。
なお、会社法においては、株式会社は、定款で定めることにより「委員会設置 会社」とすることができることになりました。この場合、取締役会、指名委員会、 監査委員会及び報酬委員会が設置され、会社の業務執行及び取締役会の委任事項 を執行役(取締役会決議により選任)が行い、執行役の中から取締役会決議で選 任された代表執行役が会社を代表します。また、監査役の代わりに監査委員会が 設置されます。委員会等設置会社では、取締役は原則として業務執行をすること はできず、その代わりに執行役や代表執行役が会社の業務執行を行うことになり ます。執行役は、自ら業務執行を決定して行うほか、取締役会に対する報告義務 を負います。この「執行役」は、事実上多くの会社で従来から採用されてきた「執 行役員」とはまったく別物です。
また、会社法の制定により、公開会社でない会社(すべての株式について譲渡 制限の定めがある会社)については、取締役会を設置せず、取締役と株主総会の みとすることも認められるなど、会社の規模に即してより柔軟に経営を行うこと ができるよう、株式会社の機関設計についての自由度が飛躍的に向上することとなりました。
(b)
有限会社の機関
有限会社は、有限会社法に基づいて設立された会社です。社員がその出資額を 限度とする有限責任を負うにとどまる点で株式会社に類似する物的会社ですが、 設立・組織は簡素化され、中小企業の経営に適しています。
もっとも、会社法の整備に伴い、有限会社法は廃止され、今後新たに有限会社 を設立することはできません。ただし、従来の有限会社については、特例有限会 社として、有限会社の商号を続用することができ、整備法に基づいて会社法の適 用を受けることになります。
有限会社における持分も、株式と同じような意味を持ちます。有限会社では、 株式会社の株主総会に相当する社員総会があります。各社員は原則として出資1 口について1個の議決権をもちますが、定款で別段の定めをすることもできます。 社員総会における議決は、基本的には、総社員の議決権の過半数を有する社員が 出席し、出席社員の議決権の過半数をもって決します。
社員総会は、1人または数人の取締役を選任します。有限会社では、株式会社 と違って取締役会はなく、取締役1人1人が会社の機関です。そのため、原則と して各取締役が代表権を有します(ただし、定款または社員総会の決議等で代表 取締役を定めたり、共同代表の定めをおくことができます)。取締役が数人いる ときは、その人数の過半数で業務執行に関する意思決定をします。
(c)
持分会社(合名・合資・合同会社)の機関
会社法は、合名会社・合資会社・合同会社を持分会社と総称し、統一的な規定を定めています。
合名会社とは、社員の全員が会社債権者に対し、直接・連帯・無限の責任を負う無限責任社員のみによって構成されている会社をいいます。直接の責任とは、 個人財産も会社債務の引き当てになるということです。無限の責任とは、責任の 範囲が出資の価額に限定されないということです。
合資会社とは、無限責任社員と有限責任社員によって組織される会社をいいま す。有限責任とは、責任の範囲が出資の価額に限定されるということです。
合同会社とは、有限責任社員のみによって組織される会社をいいます。
持分会社では、株主総会や社員総会に相当する機関は存在しません。原則とし て、各社員が特別の選任行為なくして当然に業務執行機関となり、業務執行の権 限と義務を負いますが、定款で定めれば、一部の社員のみを業務執行社員とする こともできます。業務執行社員が数人いるときの意思決定は、その過半数によって決します。
(ハ)
業務執行の支配
では、会社において、「会社の業務執行を支配する」とは、どのようなことでしょうか。(ロ)と同様に基本的な形態の株式会社を基準にしてご説明します。前述のと おり、法定の重要事項を含め業務執行の基本的意思決定をするのが取締役会であり、 取締役の中から選ばれた代表取締役が、会社を代表して業務を執行します。取締役 会は、取締役の過半数が出席したうえ、その出席取締役の過半数の賛成をもって決 する会議体です。取締役会の決議は、取締役1人あたり1票の議決権をもって決し ます。したがって、会社の業務執行の根幹となる事項を支配するには、少なくとも、 取締役全員のうち過半数をとれる人数の取締役が自分の意図通り行動することを確 保する必要があり、取締役会においてそのような取締役構成を維持しなければなり ません。そこで、会社において自分の意思を通すには、株主総会において取締役や 監査役の選任を自分の意思通りに決議できることが必要条件となります。
株主総会の決議は、取締役会のように頭数で決するのではなく、議決権をもつ株 式の数を基準とする多数決で、通常は一株あたり1票の議決権をもって決します。
したがって、自分ないし自分の意図通り議決権を行使してくれる株主が、当該事項 の決議を動かすに足る数(議決権のある株式のなかに占める割合的数)の株式を保 有し、これに基づいて議決権行使することが、会社における業務執行を支配するこ とになるのです。
特例有限会社等についても、そのような観点から、会社の業務執行をコントロー ルできるだけの持分をもつことが業務執行を支配するということになります。なお、 持分会社(合名・合資・合同会社)については、持分の割合ではなく、業務執行権 をもつ社員の人数の過半数を支配できることが業務執行を支配するということになります。
ただし、株式会社については、定款に定めることにより、一定の事項について種類株主総会を必要とすることが認められています。これにより、株主総会または取 締役会で決議すべき事項の全部または一部につき、その決議に加えて、ある種類の 株主の総会の普通決議を要するものと定款に定めることができます。これは合弁企 業の便宜等を想定して設けられましたが、オーナー経営の会社でも利用することは 可能であり、このような種類の株式を発行することになれば、そのような種類の株 式を持っている株主は、定款に定めた一定事項に関して拒否権をもつことになります。
また、譲渡制限会社(定款で全ての株式につき譲渡に会社の承認を要求している 会社)においては、取締役・監査役の選任・解任について特定の種類の株主で議決 して決める旨、定款で定めることができます。
このような特別の種類の株式を設定する場合には、後継者がこの種類の株式のな かで多数を占めることができるように、これを重点的に承継させることになります。
(ニ)
遵法経営その他の配慮
では、取締役の選任・解任を掌握できるだけの株式を支配していれば、経営権確保に全く問題はないのでしょうか。そうとはいえません。
持分割合の小さい少数株主であっても、株主として、株主総会決議不存在・取消訴訟の提起権や、取締役らの違法行為差止請求権(6ヶ月前から引き続き株式を保 有している株主について)、帳簿閲覧請求権(3パーセント保有株主について)等、 会社の経営を監督する一定程度の権限を有しています。したがって、これらの請求 をも排除したい場合には、株式を 100 パーセント自己のコントロール下に置く必要 があることになります。しかしながら、常に 100 パーセント保有を維持することは 現実には難しく、これにこだわることもありません。100 パーセント保有が実現で きなくても、遵法経営につとめ、各少数株主権の行使を受けても正々堂々対処できるようにすればよいわけです。
遵法経営のために念頭に置いておきたいのは、取締役の義務がどういうものかと いうことです。取締役がその義務に違反したときは、取締役には会社や取引先等の 第三者に対し損害賠償責任が生じます。取締役の会社に対する責任は、代表訴訟に より、会社に代わって株主が追及することもできます。株主は会社の所有者なので 基本的には自分の利害にそって動いてもよいのですが、取締役は会社から経営を委任されて行う立場であり、会社に対し忠実義務及び善管注意義務(善良なる管理者 としての注意義務)を負っていて、自分の利害で動いてはいけないことになってい るのです。会社法はこのような原則的義務を定めたうえで、当該義務の具体化とし て、特別利害関係のある取締役が取締役会で議決権行使することの禁止や、利益相 反行為の原則禁止等の規定をおいています。このような会社法の構造を理解し、自 派の取締役が法令違反で攻撃されないようにすることは、会社支配を確保するうえ で重要なことです。
株主総会や取締役会の開催等、細かい手続には煩雑に感じられるものもあります が、法律上は、会社法上定められている手続に違反すれば、その行為は原則として 違法です。特に株主総会の手続等は、法定された手続をとっていないと、決議が不 存在ないし取消されるべきものであるという訴えを出され、当該総会で選任した取 締役の職務執行停止等、大きな影響を被ることがあります。同族経営の閉鎖会社の なかには、全株主の適式な同意もないのに議事録だけ作っているところもあるよう ですが、このような株主総会は法的には認められません。それだけでなく、全く架 空の総会議事録を提出して役員選任登記等をしたり、他人の署名押印を勝手に作出 したりした場合には、刑法上の犯罪にも該当します。支配権争奪紛争においては、 些細な手続違反等をとらえた会社法上の請求だけでなく、刑事上の告訴・告発を武 器にされることもあります。支配権を確立するためには、このような点にも十分な 認識と注意が必要なのです。
もっとも、当該総会において議決権を行使できるすべての株主の同意があるとき は、招集手続を経ずに株主総会を開催できます。また、総会決議の目的たる事項に ついて取締役または株主から提案があり、その事項について議決権あるすべての株 主が書面または電磁的方法により同意したときは、当該議案が可決された株主総会 決議がなされたものとみなすことも認められています。さらに、株主総会の招集通 知の発送期限は、原則として2週間(譲渡制限会社においては1週間)ですが、定 款で定めておけば、招集通知を発送する時期を総会開催の1週間前まで(取締役会 非設置会社においては1週間より短い期間でも可)とするよう短縮化することもで きます。
(2)
株式支配の確立
(イ)
保有株式割合
では、会社の経営支配のためオーナー経営者が保有すべき株式は、具体的にどれくらいの割合になるのでしょうか。ここでも、まずは最も基本的な形態の株式会社を基準にご説明します。
まず、取締役の選・解任を掌握できる株式の保有についてみてみます。取締役・ 監査役の選任・解任は普通決議事項です(例外として、監査役を解任する場合及び 後述する累積投票制度により選任された取締役を解任する場合は特別決議を要す る)。普通決議とは、総株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席株主の過 半数の賛成を必要とする決議をいいます。すなわち、取締役会を支配するには、議 決権のある株式の総数のうち過半数をコントロールできることが必要ということで す(もっとも、取締役の選任については累積投票制度が採用可能であることに注意 が必要です。累積投票制度とは、複数の取締役を選任する場合に、一株につき選任 する取締役の数と同数の議決権を与え、議決権を一人の候補者に集中して投票する か分散させるかを株主の自由としたうえで得票の多い順に当選させる制度です。一 種の比例代表制であり、1人に集中投票することで、少数派にも自らの代表を取締 役会に送り込む可能性が出てきます。ただし、この制度は定款で排除でき、殆どの 会社の定款はそのような排除規定をおいています)。
普通決議事項に加えて、定款変更等、会社運営上重要な事項について必要となる 別決議においても自分の意思を通せるようにするには、3分の2以上の持分割合を 保有することが必要です。特別決議とは、総株主の議決権の過半数を有する株主が 出席し、その議決権の3分の2以上の賛成を必要とする決議であり、これを動かせ るだけの持分割合を持っていれば、大株主として会社経営の根幹を支配することができます。
なお、上記は原則的なものです。総会における議決権のカウントにおいては、相 互保有株式や会社の自己株式、会社の自己株式取得の際の特別決議における株式売 渡人等、議決権を制限される場合があり、その場合には有効議決権のなかの割合で 議決するので、このことも計算に入れる必要があります。
また、定款で定めることにより、特別決議の定足数を総株主の議決権の3分の1 まで引き下げることが認められています。これは、外国株主等株主総会に出席できない株主の割合が大きく定足数をみたさない危険がある会社において、決議不成立 を避けるため設けられたものです。定足数の充足に問題のない会社ではこの規定を 設ける必要性がありませんし、定足数を緩和すれば、本来なら定足数を確保できな かった株主に対して有効に特別決議を行わせる方向に傾きます。特別決議の対象は 定款変更や取締役の事業譲渡等重要な事項が多いので、オーナー経営者が支配する タイプの会社での導入は、各社の事情に応じて慎重にすべきでしょう。
また、譲渡制限会社(定款で全ての株式につき譲渡に会社の承認を要求している 会社)は、定款で定めることにより、その種類の株主の総会における取締役・監査 役の選任・解任に関して異なる内容の種類株式を発行することが認められています。 この制度を利用すると、1取締役・監査役の選解任権のない株式や、2取締役・監 査役の何人かを必ず選解任できる株式、というように、株式(及び当該株式を保有 する株主)に個性を与えることができます。この規定の趣旨は、合弁企業やベンチ ャー企業における出資や合弁の円滑を図ったものですが、もしオーナー経営者の会 社でこの制度を導入すれば、オーナー経営者(後継者)は、上記2の株式を重点的 に保有することで、通常の株主総会の定足数の過半数に相当する株式を保有してい なくても、取締役の選解任権を確保できることになります。(ただし、1の株式でも 裁判所に取締役の解任請求をする途はあります)。逆に、いったん2の類型の株式が 外部へ流出してしまうと、自派の取締役を確保することが難しくなり、しかも、い ったんこのような事態を招くと容易に解消されないため、業務執行の支配に重大な 支障が生ずることになります。この制度を導入する場合には、事後も継続して十分 な注意を払うことが必要不可欠です。
(ロ)
名義株整理
(a)
名義株とは
株主名簿上の名義と真実の株主が一致していない株式を、名義株といいます。
平成2年の商法改正以前は、株式会社の設立にあたり、募集設立において7人 以上の発起人と1人以上の株式引受人による引受が必要であった時期がありま した。設立には発起設立と募集設立がありますが、募集設立であれば裁判所の検 査役検査を省くことができるため、従来から、設立手続は募集設立で行うことが 一般的でした。そのため、当時は、株式会社を設立しようとした人が自分の親戚や知人の名義を借りて手続を行うことが多くみられ、そのようにして手続された 株式が名義株となりました。その後の商法改正によって一人会社の設立も可能と なりましたが、以前の手続で設立された会社には、名義株のまま書き換えられていないところも結構あります。
名義株では、当初こそオーナー経営者が十分信頼関係をもっていた人の名義が 使われていますが、何代も経つうちに、関係も希薄になり、名義借りの事実関係 を知らない相続人等へ名義移転していきます。そのため、後日、名義人(ないし 名義人の相続人)が名義通りの権利を主張して争うことも少なくありません。ま た、名義を真の株主のものになおした行為を税務当局が株式譲渡と認定し贈与税 を課したり、名義株であるのに名義人の相続財産にとりこまれ相続税課税される など、種々のトラブルのもととなります。そのため、可及的すみやかに真実の権 利関係に沿って名簿書換を行い、名義株を解消する必要があります。
(b)
名義株であることの判定
他人名義で株式申込みをした場合、法的には、名義人ではなく、実際に自己の負担で払い込みをした人が株主となります。
しかし、紛争になってしまうと、何十年も昔の金銭の出入りや払い込みの証拠をそろえることも難しく、証拠で立証することがなかなか難しい場合もあります。
また、払込をした人が誰かという観点だけで名義株か否かを決し得ない場合も あります。つまり、払込人が名義人から代金を預かっていた場合や、払込にあた り払込代金を立て替えたのでこれを名義人に対し請求する権利が残されているという場合には、払込人は名義人の手続代行者にすぎず、名義人が真の株主です。 また、払込人が払込代金相当額を名義人に贈与するつもりで名義人のために手続 をしたというのであれば、真の株主は名義人であり、名義株にはなりません。ま た、当初名義株であっても、どこかの時点で株式を譲渡する当事者意思の合致が あったとすれば、その時点以降は、名義人が真の株主となります。紛争になった 場合、裁判所で名義株との認定をとるためには、これらについて徹底的に争わな ければならないこともあります。
裁判で争われた事例も複数公表されていますが、上記のような構成が名義人な いし税務当局から主張されるなどし、結局、判決理由のなかで詳細な認定を行っているものが多く見受けられます。認定中、真実の株主が誰かを判断する基準と された要素としては、前身である個人営業時代の事実もふまえた経営・利益分配 等の状況や、当該株式に関する新株割当や利益配当の状況、名義人のために払い 込みないし株式贈与をする必然性(後継者としての経営参加の有無及び実体等)、 株式引受の経緯・結果、当該株式に関する議決権行使の実体、法人税申告書の記 載、等が挙げられます。
(c)
整理の方法
名義株は、法的には、自己の出捐で払い込みをした真の株主の所有です。そのため、本来、名義株の整理は真正な名義に直すだけのことで、特別な手続が法定 されているわけではありません。
しかし、上記のようにトラブルの起きやすい行為であるため、名義株であった こと及び名義株を真正名義に変更することについて、客観的に明確にする必要があります。
この問題を会社側から見ると、名義借人と名義貸人のいずれを株主として扱う かは、会社が自己の判断で行う事項です。というのは、株主名簿の記載にしたが って名簿上の株主を株主として扱っている限りは会社に責任が発生しないのに 対し、名簿の記載と違う者を株主として扱ったり名簿を書き換えたりすれば、も し書換後の株主が真の株主でなかった場合には、会社にはそのことによる損害を 賠償する責任が生じます。しかしながら、株主名簿の上記の効力は、名簿の記載 が実体を正しく反映していることを前提にしており、株主名簿の記載が実体と違 うのであれば実体に即して変更すべきであることを否定するものではありませ んし、判例上も、名簿書換請求を不当に拒絶したり長期間放置したりする場合に は、株主名簿にそって処理していても実質株主を株主として扱わなければならな い義務が生じるとされています。そこで、会社法務としては、名義株の名義更正 を理由とした株主名簿記載変更の申し出について、社内手続として、当事者の署 名押印のある名義使用許諾書等、名義貸であることを疎明する書類の添付を要求 して名簿書換手続をすることが多いようです。
また、当事者間で将来発生する紛争を予防するという意味では、一般の紛争事 案に準じて、当該株式に関する確認書を作成し署名押印を得たり、これを公正証書にしたり、簡易裁判所の即決和解を行っておいたりすることが考えられます。
なお、名義株ではないという前提で名義人に一定の金員を交付するなどし、名 義を戻す解決を考える場合には、これが株式の移転行為となることに注意が必要 です。具体的には、原則として、株券不発行の場合には株券を発行した上その交 付をもって(株券不発行制度のもとでは株主名簿の書換)をもって譲渡しなけれ ばならず、定款で譲渡制限をしている会社であれば取締役会の譲渡承認も必要と なります(もっとも、東京地判平成 1.6.27 は、設立後 30 年経過して株券発行の ない同族会社で父から息子へ株式贈与の合意をした事案で、いったん当事者の合 意で贈与に基づく名義書換請求がなされ会社が名義書換をすませたにも関わら ず、のちに父が当該贈与を否定し会社が再び父へ名義書換した事情のもと、株券 の交付がなくても、株式移転があったとした贈与税申告がなされた時点で贈与の 履行が完了したとし譲受人を株主と認めています。しかし、この裁判例の事案で は、いったん会社が名義書換をしている点で、会社がその受贈者への移転を不承 認すべきでない事情があり、現在のところ当該裁判例の結果を安易に一般化する ことは危険といえます。)また、名義株として整理する場合と違い、税務上、名義人に対する譲渡課税等の問題も生じます。
(ハ)
安定株主対策
(a)
オーナーが個人保有しない株式に関する安定株主対策の必要
オーナー経営者が自分一人ですべての株式を保有し続けることは現実には難 しく、相続税が高額になるという難点もあります。株式の分散は支配権の喪失に もつながりかねずできるだけ回避すべきですが、持分割合をなるべく損なわない よう十分な考慮のうえ、オーナーが信頼できる友好的な者に一部保有させ、自己 の経営を支持してもらいながら外部に流出させない(安定株主対策)ということも、ひとつの方策になります。
(b)
議決権制限株式
会社の定款に定めておくことで、議決権の行使に制限のある種類の株式を発行 することもできます。このような株式を議決権制限株式といいます(会社法10 8条1項3号、2項3号)。議決権制限株式には、一切の議決権がない株式と、 一定の事項に限って議決権がない株式とがあります。
その決議事項について議決権がないものとされた株式は、議決権のカウントに 入りませんので、オーナー経営者の方針に反対の議決権行使をされるおそれがあ りません。そのため、議決権制限株式は、オーナー経営者がこれを前提とした割 合計算で株式支配をするのに役立つ一定の効果があります。
ただし、議決権制限株式でも、定款に譲渡制限を付する場合の決議には議決権 があり、また、その他定款変更等により当該株主が不利益を受けたり、合併等に より直接損害を受けるときには、種類株主総会の決議という形で一定の議決権行 使が認められる場合があります。また、会社法上の公開会社(全部又は一部の株 式の譲渡に取締役会の承認を要する旨の定款の定めのない会社)においては、議 決権制限株式を発行できる量には制限があり、議決権制限株式の総数は発行済み 株式総数の2分の1を超えてはいけないこととなっています(会社法115条)。
(c)
金庫株
会社が自己株式を取得することは、資本の欠損を招くなどの理由で長らく禁止されてきましたが、平成 13 年の商法改正で原則として解禁になり、以後、現行 の会社法においても、取得目的を問わず自己株式の取得が認められています。会 社が自己株式について議決権を行使することはできず、金庫にしまっておくイメ ージから、「金庫株」といわれています。
金庫株には議決権がありません。そのため、無議決権株式と同様、オーナーの 方針に反対の議決権行使がなされることはありません。
金庫株については、取得の際には「会社による買い取り」の項で述べるような 財源・手続等の制約がありますが、のちに処分する時期については基本的に会社 の判断です。すなわち、いつまでに処分・消却しなければならないという制約は なく、新株発行の代わりに使うことや、これを利用して従業員持株会に自社の株 式を供給することなどもできます。ただし、消却や処分については、新株発行手 続に準じてそれぞれ手続が定められているため、その規制に従う必要があります。
すなわち、会社法上の公開会社においては、原則として所定の事項について取締 役会決議があれば処分できますが(会社法199条1項、201条1項)、譲渡 制限会社の場合や第三者に対し有利な価格で処分する場合には、株主総会特別決 議が必要です(譲渡制限会社について会社法199条2項、第三者に対する有利発行について会社法199条3項、201条2項)。消却についても、消却する 自社株の種類と数を取締役会決議(取締役会設置会社の場合)で定めて行うこと ができます(会社法178条)。
(d)
相互持合、持株会社方式等の利用
友好的な会社と、互いの業務執行支配を支持する約束のもとに、相互に株式を持ち合うということも考えられます。これは、外部流出防止という点では有効で す。しかし、相互持合では、会社法上、相互保有部分は議決権を行使できないの で、そのことに十分留意する必要があります。この規制は、持合の判定に関し親 子会社の場合等も含めて詳細に定めていますが、基本的には、ある株式会社A社 が他の株式会社B社の総株主の議決権の4分の1を超える議決権を有する場合 には、B社は保有するA社株式について議決権を行使できないということです (会社法308条1項)。
また、オーナー個人ではなく別の会社がオーナーの持株を保有・管理する方法 や、証券会社の有価証券管理信託を利用するという方法もあります。これらはオ ーナー個人に代わり別の会社に保有や管理をさせるものです。この場合、保有・ 管理をさせる株数によっては親子会社の議決権行使制限等に留意する必要があ ります。自社株を保有する会社を設けてその持株会社の株式を承継させる等の応 用的なやりかたもあります。
(e)
財団法人
財団法人を設立し、自社株をその基本財産とすれば、原則として当該自社株は売却されずに長期保有され、結果的に安定株主対策となります。財団法人のうち, 一般財団法人は基本的に営利活動を禁止されておりませんが(剰余金の分配等は 禁止されております),公益認定を受けた財団法人(公益財団法人)については, 公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律5条15号に,公益認定の 要件として,他の団体の意思決定に関与することができる株式を保有しないこと が定められているため,公益財団法人を利用して会社を経営するという計画であ れば、公益認定を受けられないことを覚悟すべきでしょう。この観点から、持株 移転の限度等につき充分に吟味する必要があります。
公益財団法人の設立及び寄付には非課税の扱いがあり、節税対策としての効果があります(当該項参照)。しかし、財団法人による自社株対策には、次のよう な限界もあります。
1)
永続的オーナー支配が困難
財団法人は理事会により運営されます。株式会社と異なり株式による支配権がなく、本人ないし一族が基本財産を寄付したからといって、理事や理事長に 選任される必然性はありません。理事会の規約により理事となった者が運営し、 財団法人の財産である持株の議決権を行使していくことになり、それによって 会社の経営も左右されることとなります。
2)
自社株の買い戻しが困難
原則として、財団法人は基本財産の処分ができません。そのため、将来的にオーナー経営者が自社株を買い戻そうとしてもできなくなります。

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