売買契約

不動産投資・運用マニュアル

第3

不動産の売却

集合写真

売買契約

(1)
売買契約の種類
売買契約は、現物売買の場合には不動産売買契約を締結し、信託受益権売買の場合には、信託受益権売買契約を締結します。
不動産ファンドが買主の場合は、例外的に、ファンド会社が自己勘定での取得を行なう場合や、現物で一旦取得した後、ファンドの組成に合わせて信託受益権化する場合がありますが、一般的には信託受益権売買契約となります。
ファンド会社が信託受益権での購入を希望する主な理由は以下の三点です。
信託受益権売買とすることにより、登録免許税、不動産取得税等の不動産流通税が軽減できます。頻繁に不動産の入替を行なう不動産ファンドにとって、不動産流通税の軽減は、コスト削減効果が大きいためです。
不動産ファンドは、取得資金を投資家の出資とノンリコースローンで調達しますが、現行のノンリコースローンの融資は、倒産隔離のために、信託受益権化して受益権を特定目的会社等がホールドすることが前提条件となっています。
信託受益権化することにより、信託銀行が不動産の所有者となりますので、信託銀行が物件の審査を行なうことになり、物件に対する信用度が高まります。投資家への説明が行ないやすくなります。
(2)
不動産売買契約
不動産を現物で売却する場合は、不動産売買契約書を締結します。
不動産投資の際における、売買契約書上の留意点と、売却の際における留意点は当然ながら異なります。売却の際には、契約上のリスク及び売却後に残るリスクに関して、留意することになります。
(イ)
不動産売買契約書の留意点
契約書における留意点は次のとおりです。
(a)
善管注意義務
契約上、契約締結後引渡しに至るまでの期間につき、売主は、売却物件について、善良なる管理者の注意をもって管理する義務を負います。所有権の変更、占有の移転等、現状を変更する一切の行為は行なうことが出来ません。行なった場合は、違約となり、違約金の対象となります。
(b)
表明・保証
買主の希望により、表明・保証が求められることがあります。後述する受益権売買に比べると限定されますが、主に賃貸借関係においてトラブルの元となる事実(例えば、入居者と紛争が生じている、暴力団関係者が入居している等)がないことの表明・保証を行なうことが求められます。売却に備えるためにも、日常の入居時審査を徹底的に行い、不良入居者が入居しないように注意する必要があります。表明・保証事項と異なった事実があった場合は、違約となり、違約金の対象となりますので、表明・保証する場合は、事実関係の再調査を十分行ないます。
(c)
瑕疵担保責任
売却物件について、隠れたる瑕疵があった場合の取り扱い例を下記に示します。
1)
売主は瑕疵担保責任を負わない。
2)
買主は売主に対して損害賠償請求できる。
3)
買主は売主に対して損害賠償請求ができ、瑕疵によって契約の目的を達することが出来ない場合は契約を解除できる。但し、この場合の解除は違約解除に該当しない。

隠れたる瑕疵は、売主自身も把握できていない事項ですので、瑕疵担保責任は売主にとって予測不能のリスクとなります。
しかし、買主は、瑕疵についてのリスク負担を考慮して価格を決定していますので、契約の段階に至ってから瑕疵担保責任の有無について調整することは困難です。
従って、価格提示を受けるに先立って、売却条件として瑕疵担保責任を負わない旨を明記するようにします。
契約書の段階まで瑕疵担保責任についての取り決めを行っていなかった場合で、かつ、買主が瑕疵担保責任を求めてきた場合は、出来るだけリスクの少ない形となるように交渉を行ないます。
また、瑕疵担保責任を逃れられない場合は、期間を限定することが必要です。
民法上は、瑕疵があることを知った日から1年間となっており、民法の規定どおりの場合は、最長、時効まで責任を負うこととなりますので、売買契約書において、引渡後1年間程度に限定する特約を設けます。
(d)
賃借人の地位の継承
売主は、売却物件に所有権の完全な行使を阻害する制限(抵当権等)があるときは、その一切の負担を引き渡し日までに消除する義務があります。入居者との賃貸借契約も所有権の完全な行使を阻害する制限となりますので、消除義務の対象から除く旨を明記した上で、賃貸人の地位を買主に継承する旨の条項を設けます。あわせて、保証金の取り扱いについても条項を設けます。売買契約時点で入居者から預かっている敷金、保証金等の合計金額を契約書上に明記し、その返還債務を買主が継承することを明記します。
(e)
契約違反による解除
契約書上に、契約違反による解除に該当しない旨を記載した事項を除き、契約に違反したことにより契約を解除する場合は、契約違反による解除に該当することになり、違約金が発生します。買主に起こりうる事象については、契約違反による解除にならないように条項を検討するとともに、そのリスクが完全に排除できない場合は、違約金を出来るだけ少なくする方向で交渉を行ないます。
逆に、買主から、契約違反による解除に該当しないことを安易に主張されて、無条件契約解除とならないように条項を検討します。例として、買主側で予定している融資が実行できなかった場合の無条件解除特約(いわゆるローン特約)が挙げられます。融資実行が受けられなかったことを理由に無条件解除をされても、売主側ではその信憑性を確認できません。ローン特約を認めないことが望ましいですが、それが厳しい場合は、融資が受けられなかったことを証明する書面の提出を求める、融資特約の有効期限を契約後短い期間に限定する等の、ローン特約を解除の表向きの理由とされないように、ローン特約の効果を限定することが必要となります。
(ロ)
重要事項説明
不動産の売却において、媒介会社がある場合は、媒介会社が宅地建物業法に基づく重要事項説明書を作成し、買主に対して、その内容を説明します。
重要事項説明は、基本的には買主サイドの問題ですが、売主に不利益が生じないよう、説明する内容について、事前確認を行なうようにします。
(3)
信託受益権売買契約
買主の求めにより、信託受益権売買となった場合は、信託受益権売買契約を締結します。
(イ)
信託受益権売買契約の流れ
信託受益権売買契約の場合の、契約から売買決済引渡までの流れは下記のかたちとなります。

上記の各契約、手続は、通常、同日に行なわれます。(信託受益権売買契約については、事前に締結する場合もあります。)
(ロ)
信託受益権売買契約書の留意点
信託受益権売買契約書においては、上記不動産売買契約書に留意点に記載した事項に加えて、下記のような留意点があります。
(a)
信託契約との一体性
信託受益権売買は、物件の引渡当日に不動産を信託銀行に信託して、受益権を取得し、その受益権をすぐに買主に譲渡するかたちで行なわれます。従って、信託受益権売買契約と不動産管理処分信託契約は不可分、一体のものですので、信託受益権売買契約書の中で、万一、不動産管理処分信託契約が締結できなかった場合や、万一、受益権の譲渡承認が得られなかった場合には、信託受益権売買契約を無条件解除出来るように条項を整備します。
(b)
表明・保証
不動産売買契約書においても、買主の求めにより表明・保証事項が設けられる場合がありますが、信託受益権売買契約書における表明・保証事項は、信託銀行との関係から、詳細、かつ、非常に買主にとって、リスクを伴うものとなります。
売却物件に関する全ての事実関係(建築の専門家や設備技術者でなければ判断できない技術的な事実関係を含む)を明らかにすることが求められ、その内容が現状の事実及び将来起こり得る事実と寸分違わないことの表明、保証を求められます。
表明、保証事項する範囲が膨大な量となっているため、看過すると売主が知り得ないこと、予測しがたいことに至るまで表明、保証をすることになりかねず、その分析については細心の注意が必要です。表明、保証した内容が事実と異なった場合は、違約金が生じることになります。
各条文の意味する内容を正確に分析し、全ての条文から売主のリスクを排除していく、あるいはリスクを軽減していくための作業、調査と交渉が必要となり、これは、弁護士や、各分野の専門家の協力を得ないと不可能です。
(ハ)
不動産管理処分信託契約書の留意点
不動産管理処分信託契約書は不動産の引渡日に締結され、直後に受益権を譲渡します。不動産管理処分信託契約書の条文は内容が判り難く、一般の方には売主のリスクが判然としません。また、売主が信託契約の委託者であり、かつ、受益者であるのは一瞬であるため、売主には殆ど関係がなく、何のリスクもないように思われがちです。
しかし、不動産管理処分信託契約書には、受益権譲渡後も売主に責任負担がある内容が相当に含まれていますので、その部分に関しては、信託受益権売買契約書と同様に売主のリスクを排除もしくは軽減する必要があります。
(ニ)
物件概要説明書等
信託受益権売買契約に固有の説明義務として、金融商品の販売等に関する法律(以下、金融商品販売法)に基づく説明義務があります。金融商品販売法は、金融商品を販売する場合にその商品が持っているリスク等(元本割れリスク等)について、買主に説明する義務を規定しており、その説明が不足したために買主が損害を受けた場合は、損害賠償義務を負うことと規定されています。信託受益権売買は、金融商品販売法上、金融商品の販売に該当するため、売主が金融商品販売業者に該当し、かつ、買主が当該金融商品の専門知識及び経験を有しない者である場合は、説明義務が生じます。しかし、不動産ファンド等が買主である場合は、買主が専門知識及び経験を有していますので基本的には適用はないものと解されます。
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