不動産
不動産賃貸における消費者契約法の適用
1 消費者契約法の目的
我々が契約をした場合にその契約に拘束されるのは、自らの意思に基づいて約束をしたのだから、その約束は守らなければならないためです。
もっとも、上記の前提として、契約を行う者が自分のために様々な情報を収集した上、その契約による自分の利益と損失を合理的に判断し、対等な立場で自己決定ができたことが必要となります。
ところが、一般的に、事業者と消費者との間には、契約に関する情報力、判断力、交渉力といった点において、大きな格差があります。そうすると、力の優位にある事業者には自己決定が可能ですが、劣位にある消費者は、真の意味で自己決定をすることができない場合があります。
そこで、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的として消費者契約法が制定されました(消費者契約法1条)。
賃貸人(事業者)の皆様におかれましても、消費者契約法を十分に意識した上で契約を行うことが取引の安全に繋がります。
2 消費者契約法の規制の適用が問題とされる不動産賃貸借契約の条項
(1) 敷引特約
敷引特約とは、不動産賃貸借契約において、賃借人の退去時に返還されるべき敷金や保証金から一定の金額が控除される特約のことをいいます。 敷引特約は、賃料以外に賃借人に金銭的負担を負わせるものであり、任意規定の適用による場合よりも賃借人の義務を加重するものとなります。 そのため、消費者(賃借人)と事業者(賃貸人)との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に、消費者の権利を制限し、または、消費者の義務を加重し、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効とする、消費者契約法10条に該当しないかが問題となります。
(2) 更新料特約
更新料とは、賃貸借契約の更新の際に賃借人から賃貸人に交付される金員で、賃貸人が返還を要しないものであり、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものです。 更新料特約は、賃料以外に賃借人に金銭的負担を負わせるものであり、任意規定の適用による場合よりも賃借人の義務を加重するものとなります。 したがって、敷引特約と同様に、消費者契約法10条に該当しないかが問題となります。
3 判例に現れた事例
(1)最判平成23年3月24日(敷引特約に関する判例)
ア 事案の概要
Xは、Yとの間でマンションの一室を賃料1か月9万6000円で賃借した。Xは保証金として40万円を支払ったが、これについては賃借建物の明渡し後、契約経過年数に応じて定められた一定額の金員を控除し、その残額をXに返還するという敷引特約を定めた。なお、通常損耗や自然損耗は敷引金でまかなわれるという特約もあわせて定められた。
そして、契約終了後、建物は明け渡され、Yは敷引特約に基づき保証金から21万円を控除し、残額19万円をXに返還した。
イ 判決の概要
「敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効になる。」とした上、結論としては、敷引金が補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとはいえず、賃料の2倍ないし3,5倍強にとどまり、更新料のほかは礼金等他の一時金を支払う義務を負っていないことを踏まえると、消費者契約法10条により敷引特約は無効とはならないとした。
(2) 最判平成23年7月15日(更新料特約に関する判例)
ア 事案の概要
Yは、Xから共同住宅の一室を賃借期間を1年間、賃料1か月3万8000円、1年ごとの更新時の更新料を賃料の2か月分とする約定で賃借した。
イ 判決の概要
「更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情のない限り、消費者契約法10条には当たらない。」とした上、結論としては、特段の事情が認められず、消費者契約法10条により無効とはならないとした。
4 賃貸する場合の注意点
以上の判例から、敷引特約及び更新料特約に共通して、賃貸人(事業者)と賃借人(消費者)との間に情報・交渉力等に差があることを考慮したとしても、賃借人が賃料以外に負担することとなる金額が明確に認識できる(一義的かつ具体的)ように契約条項が規定されており、賃借人がこれを認識した上で契約の締結に至ったのであれば、敷引金や更新料の金額が高額に過ぎるという特段の事情がない限り、消費者契約法10条により無効とされることはないと考えられます。 もっとも、一般的に敷引特約や更新料特約の法的性質は必ずしも明確ではなく、各契約ごとに異なるため、賃貸人(事業者)と賃借人(消費者)との間に情報・交渉力等に格差があることに鑑みると、賃借人が負担することになる金額を明示するのみならず、その特約が持つ意味や内容についても明確に合意をしておくことは、紛争予防のためにより適切と言えます。
5 最後に
敷引特約、更新料特約を始めとして、不動産賃貸における契約条項が無効になったとすると、賃貸人としては思わぬ損失を受けることがあります。 何か疑問が生じた際には、早めに朝日中央綜合法律事務所の弁護士にご相談下さい。