(1)
相続の承認と放棄の意義
(イ)
相続の効力は相続の開始と同時に法律上当然に発生します。 したがって、 相続人 は相続の開始を知ると否とに関わらず、 かつその意思を問うことなく、 被相続人の 権利義務を承継することになります。 しかし、 相続財産には、 不動産や預金などの プラスの財産(以下「積極財産」といいます。)だけでなく、 借金のようなマイナ スの財産(以下「消極財産」といいます。)もあります。 したがって、 消極財産が 積極財産を上回る場合も考えられ、 そのような場合に、 相続人にすべてを当然に承 継させるのは酷な結果といえます。 また、 たとえ積極財産の方が消極財産を上回る としても、 それを承継することを潔しとしない相続人もいるでしょう。 そこで、 わ が民法は相続の承認・放棄の制度を設けて、 相続人に自己のために生じた相続の効 果を受諾するか、 または拒否するかを選択する自由を認めたのです。 そして、 相続 の承認には、 条件をつけずに全面的に被相続人の権利義務の承継を受諾する単純承 認 (民法 920 条) と、 被相続人の消極財産は相続によって承継した積極財産を限度 としてのみ責任を負担し、 相続人の固有財産をもって責任を負担しないという限定 承認 (民法 922 条) の二つがあります。 相続放棄 (民法 939 条) とは、 相続による 権利義務の承継を一切拒否するものです。
(ロ)
承認・放棄の熟慮期間
(a)
熟慮期間の起算点
相続の承認・放棄は、 原則として、 相続人が自己のために相続の開始があった ことを知った時から3か月以内にしなければなりません (民法 915 条1項)。 こ の期間を熟慮期間といいます。 民法がこの熟慮期間を3か月と定めた理由は、 相 続関係の早期安定への配慮と相続人の利益の保護とを比較衡量した結果です。 相 続人は、 この熟慮期間内に相続財産の内容を調査して承認か放棄かの選択をする ことになります (民法915条2項)。 またこの熟慮期間内に、限定承認や相続の 放棄をしなかった場合、 、 相続人は単純承認したものとみなされます (民法 921 条2項)。
熟慮期間の起算点は 「自己のために相続の開始があったことを知った時」 です (民法 915 条 1 項)。 これをいつと考えるかは重要な問題で、 より具体的な時期については、 判例の変遷がありました。
当初の判例は、 相続開始の原因である被相続人の死亡の事実を知った時と判示していました。 その後、 判例は、 被相続人死亡の事実に加えて、 自己が法律上相 続人となったことをも覚知した時と判示するようになりました。 しかし、 実際に は、 相続人がこの二つの事実を知っていても、 被相続人との生前の交流がないた め債務の存在を知らないことが多く、 街金融業者などが熟慮期間経過後に突然、 かかる相続人に対し取立請求するとの事態が多発しました。
そこで、 最高裁判所は、 かかる事態に対処すべく 「熟慮期間は、 原則として、 相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、 相続人が、 右各 事実を知った場合であっても、 右各事実を知った時から3か月以内に限定承認又 は相続放棄をしなかったのが、 被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたた めであり、 かつ、 被相続人の生活歴、 被相続人と相続人との間の交際状態その他 諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著 しく困難な事情があって、 相続人において右のように信ずるについて相当な理由 があると認められるときには、 相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を 起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、 熟慮期間は相 続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき 時から起算すべきものと解するのが相当である。」 と判示しました (最高裁昭和 59年4月27日判決)。
この最高裁判決が判示した相当な理由にあたる事情とは、 一般的には、 相続財 産を残したとは到底考えられない状況で被相続人が死亡したことや、 相続人と被 相続人との関係が従前から疎遠であることなどにより、 相続人が相続財産の有無 や内容を認識することが難しい事情をいうと考えられています。 なお、 相続人が 数人いる場合は、 各相続人ごとに熟慮期間が進行します (最高裁昭和 51 年 7 月 1 日判決)。
そして、 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、 熟慮期間は、 その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算され ます (民法 916 条)。 これは、 後の相続人は前の相続人が有していた相続につい て承認か放棄かの選択権を承継しますが、 その熟慮期間もそのまま承継するとしたならば、 後の相続人に極めて短い時間しか残らなくなるとの不都合が生じ、 後 の相続人に酷な事態になるからです。
また、相続人が未成年者、成年被後見人であるときは、熟慮期間は、 その法定 代理人が未成年者、成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時か ら起算されます (民法 917 条)。
相続開始時に法定代理人がいない場合には、 熟慮期間は、 新たに選任された法 定代理人が無能力者のために相続の開始があったことを知った時から起算されま す。 また、 相続開始時には法定代理人がいたが、 熟慮期間中に、 その法定代理人 が選択権を行使しないで死亡し、 あるいは資格を失った場合も同様に考えられて います。
熟慮期間の起算点は 「自己のために相続の開始があったことを知った時」 です (民法 915 条 1 項)。 これをいつと考えるかは重要な問題で、 より具体的な時期については、 判例の変遷がありました。
当初の判例は、 相続開始の原因である被相続人の死亡の事実を知った時と判示していました。 その後、 判例は、 被相続人死亡の事実に加えて、 自己が法律上相 続人となったことをも覚知した時と判示するようになりました。 しかし、 実際に は、 相続人がこの二つの事実を知っていても、 被相続人との生前の交流がないた め債務の存在を知らないことが多く、 街金融業者などが熟慮期間経過後に突然、 かかる相続人に対し取立請求するとの事態が多発しました。
そこで、 最高裁判所は、 かかる事態に対処すべく 「熟慮期間は、 原則として、 相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、 相続人が、 右各 事実を知った場合であっても、 右各事実を知った時から3か月以内に限定承認又 は相続放棄をしなかったのが、 被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたた めであり、 かつ、 被相続人の生活歴、 被相続人と相続人との間の交際状態その他 諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著 しく困難な事情があって、 相続人において右のように信ずるについて相当な理由 があると認められるときには、 相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を 起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、 熟慮期間は相 続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき 時から起算すべきものと解するのが相当である。」 と判示しました (最高裁昭和 59年4月27日判決)。
この最高裁判決が判示した相当な理由にあたる事情とは、 一般的には、 相続財 産を残したとは到底考えられない状況で被相続人が死亡したことや、 相続人と被 相続人との関係が従前から疎遠であることなどにより、 相続人が相続財産の有無 や内容を認識することが難しい事情をいうと考えられています。 なお、 相続人が 数人いる場合は、 各相続人ごとに熟慮期間が進行します (最高裁昭和 51 年 7 月 1 日判決)。
そして、 相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、 熟慮期間は、 その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算され ます (民法 916 条)。 これは、 後の相続人は前の相続人が有していた相続につい て承認か放棄かの選択権を承継しますが、 その熟慮期間もそのまま承継するとしたならば、 後の相続人に極めて短い時間しか残らなくなるとの不都合が生じ、 後 の相続人に酷な事態になるからです。
また、相続人が未成年者、成年被後見人であるときは、熟慮期間は、 その法定 代理人が未成年者、成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時か ら起算されます (民法 917 条)。
相続開始時に法定代理人がいない場合には、 熟慮期間は、 新たに選任された法 定代理人が無能力者のために相続の開始があったことを知った時から起算されま す。 また、 相続開始時には法定代理人がいたが、 熟慮期間中に、 その法定代理人 が選択権を行使しないで死亡し、 あるいは資格を失った場合も同様に考えられて います。
(b)
熟慮期間の伸長
この熟慮期間は、 利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができます (民法 915 条1項ただし書、 家事事件手続法 39 条別表 第一 89 号)。 この利害関係人には各共同相続人も含まれると考えられています。
期間の伸長は、 3か月の期間だけでは、 相続の承認・放棄の判断をするための 相続財産の調査ができない場合に認められます。 具体的には、 相続財産の構成の 複雑性、 所在地、 相続人の所在等の状況のみならず、 積極・消極財産の存在、 限 定承認するについての共同相続人全員の協議期間及び財産目録の調製期間などの 諸事情が考慮されることになります。
なお、熟慮期間伸長の申立ては熟慮期間内にしなければなりません。
期間の伸長は、 3か月の期間だけでは、 相続の承認・放棄の判断をするための 相続財産の調査ができない場合に認められます。 具体的には、 相続財産の構成の 複雑性、 所在地、 相続人の所在等の状況のみならず、 積極・消極財産の存在、 限 定承認するについての共同相続人全員の協議期間及び財産目録の調製期間などの 諸事情が考慮されることになります。
なお、熟慮期間伸長の申立ては熟慮期間内にしなければなりません。
(ハ)
承認・放棄の撤回・取消・無効
(a)
承認・放棄の撤回の禁止
一度行った承認及び放棄は、 熟慮期間内でも撤回することはできません (民法919 条1項)。 撤回を許容すると相続に関する法律関係を不安定にするからです。
(b)
承認・放棄の取消
承認及び放棄がなされた場合でも、 未成年者が法定代理人の同意を得ずに行っ た場合や、成年被後見人が行った場合、詐欺又は強迫によって行われた場合など、 一定の取消原因がある場合には、 これを取消すことができます (民法919条2項)。